13 過去の記憶と自覚
ああ、夢か。
ぼんやりとそう思った。
見覚えのある光景は佑那が高校生の時のもので、嫌な思い出の一つだった。
「外人、またデイビッド先生に色目使ってたよねー」
「英語できますアピール、半端ないし」
そうそう、と同調するような笑い声が上がる。
教室に入るかどうか迷ったが、佑那は扉に伸ばした手を下ろすと廊下を歩いて行く。
当時、佑那のことを揶揄して一部の同級生から外人と陰口を叩かれていることは知っていたが、実際に聞くとでは大違いだ。
帰国子女であるがゆえに特別視されることは今までだって何度もあった。だがどうしてズルしているかのように言われなければならないかが分からない。英語を身に付けるのに恵まれた環境だったかもしれないが、佑那だって努力せずに話せるようになったわけでない。
声高に主張しても余計に反発されることは、今までの経験から分かっている。だがやるせない気持ちは佑那の中に残ったままだ。
たまたま幼少時代に海外に過ごしたという経験があるだけなのに、それがいつの間にか佑那を表わす特徴になり、からかいや嫉妬の対象になる。自分の一部分だけでなく、全ての部分をみてほしいと思うのはワガママなのだろうか。
どこにいてもどんな経験を得たとしても、私は私なのに。
目を覚ますと佑那は一瞬自分がどこにいるのか分からず、困惑した。
「目が覚めたか」
顔を上げると魔王が佑那を見下ろしている。
「……あ、すみません!」
気づけば肩には上着が掛けられており、室内も薄暗くなっている。眠れるわけがないと思っていたのに、結構な時間熟睡してしまったようだ。
それなのにずっと肩を貸してくれていたんだよね…。
体を起こし魔王に顔を向け、じっと見つめる。先ほど見た夢がわずかに頭の片隅に残っていた。
魔王はただの役割で、本人を表す一部分にすぎない。その部分だけを切り取ってその人を認識することは佑那が「帰国子女」という部分だけで判断されたことと同じことになる。
そういえば私、魔王の名前を知らない。
魔王自身も佑那の名前を知らないが、初対面でどちらも名乗りはしなかった。魔王はどうかは知らないが、最初に聞くべき当たり前のことを、知ろうとしなかったのは佑那自身がは魔王としか認識していなかったからだ。
先入観や噂だけで判断するなんて、最低だ…。
自己嫌悪に陥りつつ、魔王の行動を振り返って佑那は反省した。
無表情と言っても感情がないわけではなさそうだし、今のように佑那のことも気遣ってくれている。
でも魔王が優しくしてくれるのも、求婚してくれたのも私をフィラルド国王女だと思っているからだよね。
その考えに胸がぐっと締め付けられるような痛みを覚えて、佑那は動揺した。
「どうした?」
俯いたユナに魔王が声をかける。
「いえ、何でもありません。肩と上着を貸していただいて、ありがとうございました」
一瞬よぎった考えを打ち消しながら、答えた。
勘違い、しちゃ駄目だよ。私はあくまでグレイス姫としてここにいるんだから。
魔物が本当に侵入しなくなったかは佑那には確認できないが、魔王の態度を見る限り信じてよいだろう。救世主としての役割を果たしたのなら、元の世界に帰りたいと佑那は強く思った。
ずっと嘘を吐き続けることなどできない。魔王のことを騙していることに罪悪感を覚えそうになるが、攫って連れてきたのは魔王自身だ。
だから元の世界に戻りたいと、ここから逃げ出したいと思うことは悪いことではないはずだ。
求婚のことだってフィラルド国王女に対して為されたものだから、先延ばしにしている願いを佑那が叶える必要だってない。
早く元の世界に帰る方法を見つけなくちゃ。
心の中でその想いを強くした佑那を魔王が静かに見つめていたが、そのことに佑那が気づくことはなかった。




