10 魔王についての考察と葛藤する側近
「魔物といっても大きく二種類に分かれています。一つは動物の姿をしたもので野生の動物よりも俊敏性や凶暴性が高く人を襲うこともありますが、退治もそこまで困難ではありません。然るべき対応が取れれば一般人でも退治可能です。厄介なのは人と同様の外見と高い知性を持つ魔物です。レベルの違いはありますが、魔術を操るため一般の人間では太刀打ちできないでしょう。最も人と接触することは好まない傾向にあるようで、領地から出てくるような変わり者は多くないようですね」
そもそも魔物とは何かと尋ねた佑那に、ウィルは書物整理の手を止めて説明を始めた。
「単独行動を基本としますが、並外れた魔力を持つ者には本能的に隷属する傾向があります。その頂点に立つ者が魔王です。現在の魔王についての情報はあまり多くありませんが、その力は歴代の魔王を凌ぐと言われています。感情を持たず冷酷非道で歯向かうものは人間のみならず同族である魔物ですらも容赦しないという噂です」
弱肉強食はどの世界でも同じなんだね。
のんきな感想を抱きながらも大事なことを確認する。
「魔王かー。できれば関わり合いになりたくないけど、災いを取り除くって大本の原因となる魔王を退治するって意味じゃないですよね?」
「さすがにユナにそこまでさせられませんよ。第一魔王がいるから魔物の統制が取れているという側面もあると思いますし。魔物が侵入しなければ、皆が安心して暮らせるようになる。そのお手伝いをしていただければ助かります」
苦笑交じりにウィルは告げたのだった。
魔王の噂って見た目からのイメージもあるのかも?
あの見事なまでの無表情はそういう噂が立っても当然だという気がする。でも冷酷非道な男が靴を失くしたからといって、抱えて部屋まで連れて行ってくれたり、三度の食事に加えておやつまで提供してくれたりはしないと佑那は思う。
もっともその前に誘拐と監禁をしている現状も忘れてはいけないのだけど。
魔王の性格についてはまだ自分が知らない部分もあるのだろうから、簡単に判断できないが早々に確かめなければいけないのは佑那、というかフィラルド国王女を攫って求婚した理由だろう。
以前ははぐらかされてしまったが、今まで没交渉だったのに急に気まぐれを起こして一国の姫を攫った上求婚までするなんて、よほどの理由があるのではないだろうか。
まあ、ただあの魔王なら変わり者っぽいし、本当に気まぐれだっていう可能性としては無きにしもあらずなんだけど……それは一旦置いておくとして!
攫った理由だけみれば、興味を持たれているとは感じる。でも異性として好意があるわけじゃないようなのだ。言ってみれば子供が新しい玩具を手に入れたというか、いやむしろペットが一番近いのかもしれない。珍しいペットを飼い始めて気になるから頻繁に様子をうかがったり、ちょっかいを出しているという感じ。
ペット扱いってちょっと非人道的で嫌な響きだけど、そう考えれば魔王の行動も納得いく部分が多い。だけどそうなると今度は求婚された理由が分からない。
結婚はやっぱり姫の身分を利用する何かの目的があるのではないかと思える。そうじゃないとわざわざ結婚するメリットなどない。
じゃあそのメリットとは何か。
うーん、侵入をやめたから逆に攻め入られるのを防ぐための人質とか?
延々と自問しているが、どれもあまりしっくりこない。
魔王は何を企んでいるのだろう?
アーベルは機嫌が悪かった。姫が来てからというもの、イレギュラーな仕事が増えたせいだ。書庫への案内はまだしも、菓子作りなど今までしたことがなかったし、そんなもの自分の仕事ではないと思っている。
だが好きなものを与えてみるよう提案したのは他ならぬアーベル自身だ。他の者に任せてしまえば、どうして只の人間をそんなに丁重に扱うのかと疑念を抱かれてしまう可能性がある。
そうなれば陛下の変調に気づかれてしまうかもしれない。それはアーベルが阻止しなければならない最重要事項である。
そのためには仕方のないことだと自身に言い聞かせるが、苛立ちは収まらない。唯一この状況を知っているミアは、元々アーベルが拾った魔物でまじめで口も堅く信用できる。彼女を姫付きの侍女にしたのはそのためである。だが如何せんミアは少々料理が苦手だった。
もう少し器用なら代わりに任せられることも多いのだが…。
雑多な仕事が一段落し、ようやく通常の業務に取り掛かろうとしたところだった。
陛下がふらりと部屋に現れるなり、アーベルに言った。
「姫に見つめられると、鼓動が早くなるのはどうしてだろうか」
………聞きたくなかった!
アーベルは思わず頭を抱えそうになった。想定した中で最も避けたい事態である。しかも自覚症状がないときた。
いやこれは逆にチャンスではないか?
適当な理由をでっち上げて姫を追い出すなり、殺すなりの方向にもっていけないだろうか。主に嘘を吐くなどあってはならないが、主のためなら許されるだろう。
「ああ、それから姫が喜んでいた。お前が言ったとおりにして良かった」
葛藤するアーベルをよそに淡々と主から告げられた言葉で、迷いは消えた。例え自分がどう思おうと主の願いを叶えることが自分の役割なのだ。陛下の信頼には応えねばなるまい。
アーベルはまず主の現状について伝えることから始めた。
 




