通りすがりの天狗たち
星のない夜空から見下ろす。
明かりが続けば道とわかり、散らばっていれば住宅地だと想像がつく。
揃えた箸のように光る二列の明かりの中に、走る明かりが吸い込まれる。そして明かりは足を休め、また箸明かりの中から走り出す。
郊外の住宅地。
鉄塔の上から、一羽の天狗が電車の行き交う駅を見下ろしていた。天辺に腰掛け、赤い高下駄を履いた足を揺らしている。
闇夜に融け込む天狗がもう一羽、ひらりと夜空から舞い降りた。青い高下駄を履く片足で電線にとまり、
「いた、いた。なにやってるんだ」
と、声をかけた。
鉄塔に腰掛けていた赤下駄の天狗は、
「久々に星が見たかったのに、今夜は曇ってるから。似たような明かりを見に来たの」
と、街明かりを見下ろしたまま答えた。
「なるほど。一面の星空だな」
「ほら。あそこに流れ星が見えたよ」
街外れを指差して、赤下駄の天狗が楽しげに言う。
「この辺りは流星群か。そっちは天の川だな」
と、青下駄の天狗も指を差しながら言っている。
すぐ足元の駅を見下ろし、赤下駄の天狗が、
「じゃあ、これは?」
と、聞いた。青下駄の天狗は首を傾げながら、
「銀河鉄道」
と、答えた。赤下駄の天狗は嬉しそうに笑った。
「これ、さっきから全部違う人間なんだよね。すぐ散ってっちゃうからよくわからないけど、電車を柄杓代わりにして一か所に集めたら、どの位の山が出来るだろう」
駅から流れるように散っていく、明るくない人間たちを見詰めたまま言った。
青下駄の天狗も、次にやって来た電車を眺め、
「この辺りの人口と、人間ひとりの体積でもかければ、ある程度の山の高さがわかるんじゃないか」
と、答えた。
赤下駄の天狗はしばらく考えていたが、小さく首を傾げた。
「……勘定方の君には、そんなのでわかるの?」
と、大きな瞳を向ける。
「さぁな。細かい勘定は苦手だ」
鼻で笑い、青下駄の天狗はぐっと翼を広げた。
「そんなことより、パッと海の上でも飛ぼうぜ。やっと大天狗様の御小言が終わったんだ」
「3年は長かったよね」
「あぁ。よく3年間も喋り続けられる」
「僕、足が痺れちゃったよ」
腰掛けたまま膝を曲げ伸ばして見せ、赤下駄の天狗は言った。
「俺もだ」
と、青下駄の天狗も片足をぷらぷら揺らしている。
赤下駄の天狗は、ぴょこんと足元の電線に降りた。
「おっとっと」
ふらつく赤下駄の天狗を笑ってやりながら、青下駄の天狗は、
「こいつらは、3年前には別の中身だったんだろうなぁ」
と、もう一度、電車から溢れるように広がる人の流れに目を向けた。
大きな翼を広げてバランスをとりながら、赤下駄の天狗は、
「人間の時間は早いもの。この人間たちは3年前とも、3年後とも違うんだ」
と、答えた。
「人間は忙しいなぁ」
「僕たちだって忙しいよ。仕事続きに3年も御小言を聞いていたのに、1年しかお休みをもらえなくてまた仕事だもの」
「そうだな。この1年はのんびりしたいもんだ」
「うん。羽を伸ばして、パーっと飛ぼう」
二羽の天狗は電線を揺らし、風のように夜空へ消えていった。
二本の黒い羽根が、ひらひらと線路へ舞い降りた。