8.幼馴染
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
「グッドモーニング! キョウヤ!」
「お、おはようございます」
教室に入るとすぐに冷泉から声をかけられ、突然のことに思わず敬語で反応してしまう。
また、それに伴ってクラスの連中の視線が俺に集中する。
少し見渡していると幼馴染の綾美も驚きを隠せずに目を丸くしてこちらを見ているのが確認できた。
「ワタシセンセイジャナイヨ! モットフレンドリージャナキャNOダヨ!」
「わかったから……おはよう、これでいいだろ」
「YES!」
満足そうな顔をして席に戻っていった。
やるとは言ったがこんなのが続くのは流石に負担が大きすぎるぞ、限度を考えろ、限度を。
俺も席につくと、不意にポケットに入っている携帯が振動する。
携帯を取り出すと画面には綾美という名前のLIKEの通知が表示されていた。
LIKEはSNSで料金がかからない通話ができるため、中学の頃から連絡手段としてよく使っていた。
まぁ、今では送ってくる人物がバイトの先輩と綾美ぐらいしかいないが。
(綾美からだ、冷泉についてだろうか)
『ひるやすみお話があります』
『LIKEじゃだめなのか?』
『だめ』
やはり、冷泉との関係が気になるんだろう。
昔から綾美は、真面目なことを話すときは必ず対面で話すように促してくる。
『なんでだよ、どこへ行けばいい?』
『人がいないところのほうがいいでしょ?』
『そうしてくれると助かる』
『おすすめの場所ある?』
『人が来ない場所なら知ってる』
『じゃあそこで大丈夫だよ』
最終的に、昼になったら綾美をあの場所へ案内することになった。
俺の昔の出来事を知っているあいつなら秘密のスポットを教えたとしても黙っていてくれるだろう。
冷泉との関係が公になった以上いつかは聞かれることがわかりきっていたので断りはしない、こういうのは早めに対処しておくのが無難だろう。
(何と説明をしようか)
(実はあの転校生、日本語ペラペラでした! とか言えるわけも無い。もし教えたら、俺はこの学校にはいられないだろうし、最悪謎の圧力によりこの世にはいないかもしれない)
しかし、それから授業の間も言い訳を考えていたが午前中の授業が終わるまでにまともな内容は思いつかなかった。
事情を知っている綾美にとって、俺がクラスメイトと会話するなんて脅されたぐらいしか考える選択肢がない。
心境の変化があったとか言っても絶対に信じないだろうし。
(無理ゲーだろこれ……)
心の中でそう呟きながら綾美を連れていつもの場所へ向かった。
* * * *
「――こんな所あったんだ」
ベンチまで辿り着くと呆気に取られた表情でそんな言葉を漏らしていた。
冷泉の反応もそうだったが、そんなに珍しいのかここは。
「俺のお気に入りの場所だ。
それはともかく、話って何なんだ?」
「ん? ああ、朝の件だよ」
「やっぱりそうか、特に理由はないよ。
たまたま挨拶をされたから返しただけだ」
「それがおかしいからこうして話をしてるんだけど?」
綾美からの指摘に困惑してしまう、綾美は内情を知っているだけにこちらの分が悪い。
「いいか? 誰でも急に話しかけられたら反射的に返事をしてしまうのは当たり前だろ。
朝のもそれと同じだよ」
「嘘ついてる顔してる」
「そ、そんなことないだろ」
何でわかるんだ、そんなことをされると超能力でも使ってるんじゃないかと疑いたくなる。
少し間を置いてから、内に溜まっていたものを吐き出す様に綾美が話し始めた。
「あの事件があってから、恭ちゃんは心を閉ざしちゃって、まともに会話も出来なくて、高校に入学してからも距離があいちゃった」
「こうしてまともに話すのも久しぶりだよね。
それなのに私の知らない間に一体何があったの?」
「最近は私にさえあんなに親しく話してくれないのにどうしてなの?」
すごい勢いで言ってくるので少し怖い。
俺だってやりたくてやっている訳じゃないのだが、この病みようは逆に何があったのかこっちが聞きたくなる。
「話せないけど、いろいろと理由があるんだよ」
「理由って何?」
「それは言えないんだ。
でも脅されているとかじゃない、綾美に嘘はつきたくないから信じてくれ」
「わかった。信じる」
不満げだが何とか信じてもらえたみたいだ。
自分が思っていたよりも早く事情を飲み込んでくれたので、安堵する。
「でも理由を聞かない代わりにお願いがあるの」
「なんだ?」
「私も挨拶したらちゃんと返事してね?」
「教室でか?」
「当たり前でしょー?」
「うーん」
「駄目なの?」
瞳の輝きが薄れたような目で問われる、背中を走る寒気によって返事はひとつに絞られた。
「わかった、ちゃんと返事をするよ」
「ありがと! 嬉しい」
綾美の提案に承諾すると、先程までの雰囲気は元から無かった様にいつもの優しい声音に戻った。
俺の周りには何故こう強引な人達ばかりが集まるのだろうか。
流れのままに返事の約束をしてしまった。
僅かな変化はあろうにも今までと過ごし方は変わらないし、変えられる様なものでもない。
しかし、挨拶してくるのはカースト上位の綾美と人気者の転校生である。
たかが挨拶といえど、一抹の不安を感じざるをえなかった。
ブックマークありがとうございます!
投稿が遅いのが申し訳ないです。
もし気に入っていただけたのなら、評価をよろしくお願い致します。