7.些細な出来事
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
冷泉がついて来て昼はろくに休めなかったので、午後の授業がいつもよりしんどく感じる。
今のところ昼休み以外は絡んでこないのが救いだ。
「可憐ちゃん! 放課後クレープ屋さん行こうよ!」
「いいね! ついでに街も案内しちゃお!」
「イッテミタイデス!」
授業間の10分休憩中、短い時間にもかかわらず冷泉はクラスの女子に遊びに誘われていた。
(それにしてもあの変わり様はすごいな。何処かにスイッチでも付いているんじゃないか)
心の中でそう呟きながらこれまでを振り返る。
情報量が多すぎて錯覚を起こしてるのか、冷泉が来てからたった1週間程度しか経っていないという実感が未だに湧かない。
……それもそうだ、この高校に入学してから約1年間は綾美を除くクラスの連中とまともに会話をしていない、当たり前と言われればその通りだろう。
――ガラガラガラ。
教室の扉が開き、次の教科の先生が入って来る。
楽しくお喋りをしていた連中はいそいそと自分の席に戻り、退屈な授業が始まった。
* * * *
午後の科目とHRが終了し、放課後を迎える。
ガヤガヤと話し声で溢れかえっていた教室も部活などで半数以上が教室から去って行き、少し経つと静寂を取り戻していた。
(さて、俺もバイトにいくか)
実家を出て一人暮らしをしている俺は、アルバイトで生活費を稼いでいる。
まあ、稼ぐといっても食費と携帯代くらいで家賃や光熱費は親父に支払ってもらっている。
親父と揉めて家を出て行くことを伝えた際、学生の本分は勉強だ、それに支障をきたすのならば一人暮らしは認めないとアルバイトは週3日までという条件をつけられた。
(それでもあいつの援助は極力受けたくない、一刻も早く自立しなければ)
他からしたら良い父親像なのだろうが実際は違う、あいつは母さんを見捨てて仕事に逃げたクソ野郎だ。
だから家を出たことへの後悔はない、ただ少しだけ気がかりな事とすれば妹のことが心配だ。
小さい頃からどこへ行くにも俺の後をくっついてきていた寂しがりだったので、何も言わずに一人暮らしを始めたことでショックを与えてしまったかもしれない。
(きっと嫌われちまっただろうな……)
そんなことを思いながら、荷物を鞄にしまって教室を出た。
――――時期は4月、日の入りはもう少し先なので廊下はまだ西陽が差し込み、明るく照らされている。
昇降口へ向かいながら、知らぬ間に随分と陽が延びたことに気づき、少し物悲しい気持ちになった。
時間の流れは自覚しているより案外早い、そんな事を感じさせられる。
(……どうせ過ぎ去っていくならついでに辛い記憶も持っていってくれればいいのにな)
夕暮れ時は暗澹とした気持ちが心の器を満たす。
あの時の情景と重なって、昔の事が頭をよぎった。
ぼうっとしながら階段を降りていると靴箱が見えた辺りで、突然ドンッとした衝撃とともに目の前に両手いっぱいの飲み物を抱えた女子生徒が現れた。
「――ッ!」
「ごめんなさい!」
落ちた容器を拾い上げると一礼し、謝罪の言葉を言い残して急ぎ足で階段の方へ駆けていく。
顔立ちが整っており、明るめな色をした髪を二つに纏めた華奢な子だった。
(上履きの色が同じって事は同学年か)
今まで人と関わるのを避けて来たので自分の教室内ならともかく、他クラスの生徒はほぼ知らない。
同じクラスにあのような生徒はいないので、同学年別クラスの人だろう。
(……というかあの量を1人で飲むのか?)
彼女の姿を見てある疑問が頭に思い浮かぶ。
まぁあの現状を見るに少し考えれば予想つく、ただし詮索はしない。
つい先日、面倒に巻き込まれたばかりである、これ以上誰かと関わるのはごめんだ。
靴を履き、遅刻しないようアルバイト先のコンビニへと足を進めた。
いつもの変わらない日常、違うのは少しのアクシデントがあったということだけ。
大した事ではないはずなのに帰りの出来事が頭に残る、考えないように業務に集中しても客足が減ると時折、あの女子生徒のことを思い出してしまった。
「…………忘れよう」
結局、その日はアパートに帰ってからも心の中の引っ掛かりがいつまでも残ったままであった。
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