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悪役令嬢は双子の妹を溺愛する  作者: ドンドコ丸
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寂しい壁(マルグリット)6

 授業の終わりを告げる鐘の音にをマルグリットは肩をビクリと震わせた。そっと隣の席に目をやるがフィーリアはいつもと変わらない様子で教師の方を見ている。


 いつ言い出してくるだろう。


 マルグリットは机の天板をそっと開け教科書をしまう。そしてできるだけ音を立てず立ち上がった。まだ座って前を向くフィーリアの後ろを通り過ぎたが何も言われなかった。

 昼食の時間だがとてもじゃないが喉を通らない、しかし朝ごはんも食べていないのだ。スープだけでも飲みに行こうと食堂へ向かうのだった。

 液体すらも喉につかえそうになるがどうにか食事を終える。それからマルグリットはなるべく人目につかない場所へ行こうとした。

 その時だった。生徒達複数人が一人の人物を取り囲んでいるのが目に入った。取り囲まれている人物はあの女(リュシア)だ。顔だけは双子の妹(ルーナ)そっくりだがその挙動は相変わらず似ていない。洗練さが全くない。そっと影から様子を窺えば何やら揉めている様子だ。やがて教師も加わり一同はどこか別な場所へ向かおうとしている。

 それが女子寮であることに気がつきマルグリットは慌てて後を追いかけた。


 まだ「あれ」が、証拠が残っているのだ。


 ルーナの部屋に置かせてもらった「亡霊」がまだ女子寮に置かれたままなのだ。見つかる前に回収しなくては、とマルグリットは焦る。だが通学生が寮にいるのは不自然だ。中に入っていく一同を陰から窺いながら跳ねる心臓を抑えようとした。


「マルグリットさん」


 後ろから呼びかけられ心臓が止まりそうになった。振り返ればそこにはフィーリアが立っていた。ああ、終わりだ。マルグリットは口を開こうとしたが言葉が出てこない。


「こんなところでどうしたの?」


 しかし彼女は不思議そうに尋ねるだけでマルグリットを警戒した様子はない。昨夜の出来事がそもそもマルグリットの菓子を食べたことが発端だと彼女も気づいているはずだ。それとも油断を誘うためわざとそう振る舞っているのだろうか。マルグリットはそれとなく探りを入れることにした。


「昨日のこと」

「うん。昨夜、大変だったんだよ。オバケが出るし、部屋はめちゃくちゃで」


 放課後マルグリットの菓子を食べたことなどなかったかのようにフィーリアは昨夜の出来事を語り始めた。

 あの薬草は対象を眠らせるだけで記憶を奪う効能はないはずだ。それなのにフィーリアは特に放課後の話はしなかった。そして昨夜の出来事にマルグリットの関わりを疑う様子は微塵もない。

 どういう理由かはわからないがフィーリアはマルグリットとの出来事を全く覚えていないようだ。


「あ、それよりみんな女子寮に入ってったよね。マルグリットさんも来る?」

「遠慮しておくわ」

「そっかー。それじゃあね」


 フィーリアは手をひらひらさせ女子寮に駆け込んで行った。どうやら本当に昨日の放課後のことを忘れているようだ。いつもなら鼻につく平民仕草も今日のマルグリットには気にならない。


 フィーリアを見送るとマルグリットはそのままへたり込んだ。無表情だった顔の口元がやがて上がっていく。


「ふふ……ふふふ」


 マルグリットは笑いを止められなかった。大声で笑い出したくなるのを堪え、口元を抑えながらそれでも止まらない。


「そうよ、聖女様のために必要なことだもの」


 聖女が守ってくれたからだ。だからフィーリアは昨日のことを忘れたのだとマルグリットは都合よく解釈した。もう寮に用はない。あとで「亡霊」だけ回収させて貰おう。そう考え立ち上がったところでルーナが女子寮に入っていくのが見えた。それならばここで彼女が出てくるのを待っていよう。


 程なくして現れたルーナに「荷物」を残したままだと伝える。するとルーナはにっこり微笑んだ。


「大丈夫よ、マルグリットさん。何も心配いらないわ」


 優しくそう告げられてうっとりする。けれどフィーリアを追い出すことはできなかった、とマルグリットは小さくため息をついた。


 それから一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎた。

 最初はビクビクしていたマルグリットだが今や後悔も反省も頭の中から消えていた。

 週末は暇があれば屋敷の地下室にこもり、あれやこれやと計画を巡らせた。時にはしまい込まれた画材を取り出し木炭を走らせた。描くのはいつも一人だけだ。


 可憐に微笑む少女の姿、この国の未来の王太子妃、ルーナである。


「あー、本物とは似ても似つかない」


 描いても描いても満足できないが描いた物を捨てるのも忍びないと溜まっていく一方だ。一通り描き満足すると今度は計画を練り始めた。底意地の悪い計画を。フィーリアを追い出す為の悪意溢れる企みを。


「今度は絶対に失敗しませんから」


 自分の描いた絵を恍惚とした表情でみつめ、マルグリットはそう呟いた。

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