寂しい壁(マルグリット)4
それから暫くマルグリットは準備に時間を費やした。あの女の放課後の動向を探った。通学生でも寮に泊まれることを教えて貰った。絵の具の扱いは難しかったが知人に相談したら油を混ぜるといいと教わった。全てが順調だった。薬草の扱いも慣れてきてちょうどよい時間調整ができるようになった。菓子作りの腕も上がったのは予想外だった。さすが平民の娘だと祖母には嫌味を言われたが。
そしてついに好機を得た。
「ルーナ様が部屋を使わせてくれて助かったわ」
何も聞かず部屋を貸してくれたルーナに感謝した。彼女のおかげで準備もスムーズにできたのだ。王宮で努力している彼女のためにも失敗はできないとマルグリットは拳に力を込めた。
決行は今夜だ。
放課後マルグリットはフィーリアに声をかけた。この時間いつも図書館に向かうことは確認済みなのだ。先回りをして話をしたいと言えば戸惑うような表情を浮かべながらも付いて来た。学院の中庭の木々が植わった人気が無いところへ連れて行く。そわそわと落ち着かない様子のフィーリアに苛立ちを覚えながら絶対に表情に出さないように気をつける。
「ねえフィーリアさん、私あなたに言いたいことがあるの」
「なんでしょうか」
「あなた平民だったから知らないでしょうけど。殿下との、アレス様との距離が近すぎるのよ」
「ごめんなさい。私、距離感がわからなくて。でも皆様お優しいから何かと気遣ってくださるのです」
平民のくせに王族に気を遣わせるなんて許せない。怒りに表情が崩れそうになるがマルグリットはぐっとこらえた。
「そうね。皆様高貴なる血筋だもの。寛大な心をお持ちなのよ」
「あ、そうだ。マルグリットさんはマナーに詳しそう。ねえ、ぜひ教えてくださらない?」
マナーも知らず王族に近づくなんて身の程知らずの平民がと内心毒づきつつ傍にあったベンチを指し示す。
「さ、おかけになって。今日はね、せっかくだからあなたとゆっくり話をしようと思ったの」
「わ、私もマルグリットさんとちゃんと話をしてみたいと思ってました」
「これ、よかったら食べて」
マルグリットは小籠を差し出した。
「わあ、美味しそう。いただきまーす」
警戒することなく菓子を口にいれる相手に内心呆れるが、計画の最難関を難なく乗り越えたことにマルグリットは安堵した。ほどなくすやすやと寝息を立て始めたフィーリアを見下ろした。大体どのくらいで目が覚めるのかは祖母で実験済みだ。
「まさかオバー様が役に立つとは思わなかったわ」
あとは最終準備をするだけだ。少し脅かせば出ていくだろうとマルグリットは思っていた。
亡霊の人形で脅かしたのも、部屋に血に見立てた絵の具をぶち撒けたのも全部マルグリットがやったことだ。
この時はあんな騒ぎになるとは思わなかったのだ。ただ少し怖がらせるだけ。本当にそれだけのつもりだったのだ。




