悪役令嬢は狼狽える
「ここはやっぱりピンク、桜色がいいよなー」
思わず漏れ出た独り言。指で刺繍の図案をなぞりながら思案する。果たしてピンク色、あるのかな。フェルナン君に相談しないといけないな。
再び指で針を摘む。もう片手に持つのは予備用の制服のリボン、新品である。正確には刺繍するために布の状態に戻した物を刺繍枠に張ったものだ。
ベッドに腰掛け一針一針進めていく。いつかオレリアさんに教えて貰った、制服のリボンに思いを込めて刺繍をして友人や想い人と交換するというもの。ルーナが受け取ってくれるなら……。
刺繍糸は私がフェルナン君から買ったものだ。この世界で初めて手にしたお金。貴族の令嬢がはしたないと言われるかもしれないけれど、それでも自分の力で手に入れた糸で刺繍したかったのだ。
刺繍の図案は散々悩んだけれど、ルーナのイメージのお月様、そして私の故郷の花、桜を配ったものに決めた。今は月の部分を進めている。
一刺ししては糸を引き出し、また一刺し、大切な妹ルーナへの思いを込めていく。毎日元気に過ごせますように、良いことがたくさんありますように、いつか結婚してお嫁に行っても苦労しませんように、ちょっとでもいらぬ苦労させたら絶対に許すまじアレス様。おっといけない邪念が入るところだったわ。
「お姉様?」
ん?妹のことを考えすぎてついに幻聴か。それにしてもやけにはっきりした幻聴だ。可愛い妹の声そのままの……。
刺繍から目を離し前を見ると妹がいた。部屋の真ん中に立っている。
え?なんでと思ったのと同時に自然に体は動いていた。手にした布と糸を素早く寝具の下に押し込めつつ、疑問を口に出す。
「ルーナ?なんでここに?」
今日は王宮に行く日じゃなかったっけ。
ルーナの足元には不思議な模様が赤く光り浮かび上がっている。その光が消え、こちらに一歩一歩近づいてくる。
「忘れ物を取りに来たの。」
「忘れ物?」
「ついでに寄ってみたの」
相変わらず高度な魔法をやすやすと使いこなしてルーナはすごい!でも急すぎてびっくりしたぞ。心臓に悪いよ。
「王妃教育お疲れ様。このまま寮に泊まるの?」
「いいえ、すぐ家に戻るわ」
「そっか、ゆっくり休んでね」
「ええ」
「お姉様は何をしていたの?」
「ちょっと色々と」
そんな会話を続けながら近づいてきた彼女はベッドに腰掛ける私を見下ろすように立っている。口を閉じてこちらをじっとみつめてなんだか怖いぞ。
後ろに下がりたいが、あいにくベッドに座っていて逃げ場がない。それでも行儀悪くベッドに足を上げ後退ろうと試みるが。
「逃げないで」
ルーナの発した言葉に動きを止められる。可愛い妹の言葉にはお姉ちゃん逆らえないのだ。
「逃げてないよ」
「そう?」
ルーナの顔がどんどん近づいてくる。気恥ずかしくなり目をぎゅっと瞑ると唇に何か柔らかいものを感じた。柔らかくて、温かい。なにこれ?と目を開けばルーナの目が目の前にある。そしてぬくもりの正体は。
なななななな?え?ちゅー?チュー?キス?
慌ててルーナの手を取り、軽く押し退ける。するとあっさりと離れた彼女は何事もなかったかのように離れた。
「この前のお返し」
表情が全く変わらないルーナに対し、こちらは顔が熱くなっている。多分真っ赤だと思う、茹でダコである。今世のファーストキス、いや前世も込みのファーストキスかもしれない。
「し、し、し」
「し?」
「姉妹で口にチューはしないんじゃないかな」
「チュー?」
「キス……口づけのこと」
「そう?」
「……たぶん」
恥ずかしさに目を逸らしてしまう。
「おやすみなさい、お姉様。さ、ベッドに横になって」
そう言われるままにベッドに潜り込む。なんだか頭がぼーっとするな。
「夜更かしはダメよ」
ルーナの声がやけに遠くに聞こえるな。目の前がぼやけてきたぞ。急に訪れた睡魔に抗えず私はルーナを見送ることなく爆睡したのであった。
川本真琴さんの1/2、名曲ですよね。




