悪役令嬢と最初の奇跡
係の方を見送り、私とルーナは二人で女子寮の中に入った。
まずは教えて貰った今夜泊まる部屋に向かうことにする。
二階にあるその部屋は書物机と子どもなら二人で寝られる位の大きさのベッドが一つ。それから空の本棚にクローゼットもある。憧れの寮生活、ちょっと楽しそうだな。
「ルーナ、よかったら探検してみない?」
私の誘いににっこり頷いた妹ちゃんと部屋を飛び出した。こんな広い建物を自由に歩けるなんて絶対楽しい筈!
個室に続く扉がいくつも並ぶ廊下を歩いていく。
壁紙の真ん中辺り、ちょうど私達の背丈位の場所には木製の浮き出した装飾が施されている。こんな細かなところも凝っていてすごいな。
長い廊下を歩き、一階への階段を降りていく。
一階にも同じような個室があるが、廊下の端に少し広い部屋があるのを発見した。
「ここは何の部屋かしら?」
「椅子とテーブルがありますわね」
「お喋りをしたりするのかしら?」
部屋の中には肘掛け付きの長椅子とテーブルがいくつか置かれている。さらに部屋を探索すると小さな食器棚と簡易キッチンのような設備があることに気がついた。
もしかして、この部屋で女子会とかしちゃうのだろうか。お姉ちゃんは妹ちゃんと女子会、とってもやりたいぞ。
今度は三階に行ってみようとまた別な階段を昇ってみる。
三階はニ階と同じように個室がずっと続いている。またぐるりと一周してみようと歩いていると途中で妹ちゃんの足がピタリと止まった。
廊下の壁紙の装飾の部分をしげしげとみつめている。
「ルーナどうしたの?行きましょ」
「待って、おねえちゃま。ここ、何かあるわ」
いやいや、ただの壁しかないように見えるけど。
妹ちゃんがつま先立ちになり、壁の装飾に手を伸ばした。するとギギィと音を立てて壁が凹んだ。いや違う、壁の一部が内開きになったのだ。
「隠し扉!」
思わず興奮して叫んでしまう。
なにこれ、冒険じゃん!妹ちゃんと秘密の部屋!これぞ魔法の世界!
「おねえちゃま、入ってみましょ」
妹ちゃんに手を引かれ、部屋に入るとそこには階段がある。二人で思わず顔を見合わせた。
「上るわよ!」
「上りましょ!」
同じ言葉を同じタイミングで発したことを笑いながら、一緒に階段を上っていく。階段の上、そこには扉があった。
ごくりと唾を飲み、扉を開くとそこは屋上、正確には屋根の上だった。
前世の学校の屋上とは違いフェンスなんてないから落ちたら大変だ。それでも縁は少し高くなっていて、美しい装飾が施されている。私達の身長では身を乗りださなければ落ちたりはしなさそうだ。
縁から恐る恐る外を覗いてみると薄暗い中、森が見える。森のその向こうにはやがて国境へと続く山々がそびえている。
日中は暖かかったが日が沈んだ今は肌寒い。ぶるりと肩を震わせるとルーナが手を引っ張った。
「おねえちゃま、お部屋に帰りましょ」
そういえば今日はいつにも増して暗い気がする。月がないからだ。
そして私は自分の年齢を確認し、もう一度空をぐるりと見渡し、どこにも月がないことをもう一度確認した。
今日だ!
何が今日なのかと言えば、第一の奇跡が起きるのが今日なのだ。
第一の奇跡、それはゲームの主人公であるヒロインが初めて自分の内側に眠る力を知る、大切な日なのだ。
聖なる力、すなわち聖女様の力なのだが、ヒロインはまだこの時には自分の力が何なのかを知らない。
まだ幼い、今の私と同い年6歳のヒロインが一人で森に果実を摘みに行ってしまう。そして帰り道がわからなくなり、迷っているうちに夜になってしまうのだ。
暗い森の中で恐怖し、おびえてしまったヒロイン。そんな彼女の内側に秘められた聖なる力が暴発するのだ。
すると森が一瞬昼間のような明るさになり、暖かな光が溢れていく。
その優しい光に包まれ、冷静さを取り戻した彼女の目の前に光の道が現れる。森から町まで迷わないように光が彼女を案内するのだ。
まるで光の精霊が彼女を導くように!
なんて幻想的!メルヘン!ファンタジー!
そんな綺麗な光景絶対見たい!夜景やん!イルミネーションやん!転生者の特権だわ!
彼女が迷っているであろう森はこの屋上という名の屋根からよく見える。特等席じゃないか。これはもう、見物するしかない!!!
内心興奮していたら、妹ちゃんに手をぐいぐいと引っ張られてしまった。後ろ髪を引かれつつ、屋上を後にしたのだった。
温かな部屋に戻り、ほっと息をつく。
寝る前にいつものようにお喋りをしてから、いつもより少し狭いベッドに二人で潜り込んだ。
妹ちゃんの温かな体温に少しドキドキする。眠っちゃいそうだ。
しかし私にはもう少ししたら奇跡見学が待っているのだ!妹ちゃんにバレないように目を閉じて、寝たふりをすることにした。
そろそろ頃合いだ。
私はルーナを起こさないようにそっとベッドを抜け出した。
「おねえちゃま、どこへ行くの?」
そーっとそーっと扉を開けたつもりが妹ちゃんを起こしてしまったようだ。
ちょっとそこまで奇跡を見に……とは言えないので、夜風に当たりたくなったと無難な言い訳をしてみる。
うん、せっかくだし、可愛い妹ちゃんと最初の奇跡を見るのもいいかもしれない。
「ルーナも一緒に来る?」
こくこく、と頷く仕草がかわいい。
私はルーナに上着を手渡し、寒くならないように前もきっちり締めた。
「さっきの屋根の上に行きたいの。暗いから気をつけてね」
夜になると部屋の外の灯りは一斉に消えてしまうようで、部屋の外は真っ暗だった。するとルーナが手のひらを前に出し、何やら呪文を唱えた。呪文と共に赤い炎がルーナの掌の少し上、空中に浮いている。
辺りがぼおっと明るくなった。魔法便利!すごーい!
ルーナの光を懐中電灯代わりに手を繋いで廊下を進んでいく。
うん、ちょっとお化け屋敷みたい。一人だったら怖くて諦めていたかもしれない。妹ちゃんがいてくれて本当によかった。
三階への階段を上り、さらにルーナが隠し扉を開いた。
ドキドキしながら階段を上がると先程の屋上に出られた。
「真っ暗ね」
わかっていたけれど言ってみると、妹ちゃんも気づいていたようだ。
「今日は月がいなくなる日ですもの」
そう言いながら炎を少し小さくしてくれた。私が眺めている山の方をルーナも一緒に見ている。
自然を見ているとなんだか懐かしい気持ちになってきた。
「うーさーぎ、おーいしいー♪」
「こーぶーな、うーれしいー♪」
某郷愁を誘う歌を替え歌してみた。
突然謎の歌を披露した姉をルーナは目をぱちくりさせながらこちらを見ている。なんだか歌いたくなってしまったんだから、そんな目で見ないでおくれ、妹ちゃん。
それにしても私の故郷は前世なのか?
いや、違う!妹ちゃんがいるこの場所が私の故郷なのだ。
そんな馬鹿げたことを考えていると、突如森の中が一瞬昼間のような明るさになる。そして、それが柔らかな光になると、やがて森から町に向かって続く暖かな光の道がポツポツと現れた。
あそこにヒロインがいるんだな。ちゃんとおうちに帰れるかな。寒くないかな。
綺麗な光だな。
ああ、なんだか見ているだけで浄化されそうだ。妹ちゃんへの煩悩まみれの私が消されてしまう。聖女パワー恐ろしい。ぷるぷる。
「びっくりしたけど、綺麗な光だったわね」
隣にいるルーナに話しかけると妹ちゃんが無表情というか、どこか冷たく、青褪めたような表情を浮かべている。
ありゃ、寒かったかな?
「ルーナ、寒いの?」
後ろから温めるようにルーナの背中に体を寄せてみる。するとルーナが振り返り、びっくりしたような表情を見せた。そして私の手をぎゅっと握ってくれた。
「おねえちゃま、風邪をひいちゃうわ。戻りましょう」
もう少しだけキラキラの光を見たかったけれど、私は妹ちゃんに強く手を引かれ、部屋に戻ったのだった。