悪役令嬢をミント畑でつかまえて
美味しい食事を平らげた後でも甘いものは別腹である。
せっかくなので採れたてミントもどき茶と一緒に楽しんでもらおうと庭園へ向かうことにした。するとルーナが付いてこようとする。
「お姉様、私も一緒に行くわ」
「3人でゆっくりしていていいのよ?」
「久しぶりに庭が見たいから」
「そう?」
ルーナが来てくれるのは嬉しいぞ。
「なかよし姉妹……よい」
「だろう。可愛いだろ、僕の妹たちは」
後ろから何か聞こえた気がするがきっと気のせいだ。
庭園をのんびりと歩いていくと今日もきれいな花がそこかしこに咲いている。散歩をしているようで食後の腹ごなしにちょうどいい。でも暖かな陽気に眠くなりそうだ。
奥へと進んで行くと目を楽しませる鮮やかな花の傍にわしゃわしゃと草が生えている。
あれ?ミントもどき畑はもう少し先のはずだけど。こんなによく育つなんて私ってば緑の指の持ち主なのね?
機嫌良く歩く私とは裏腹にルーナは無言で後を付いてくる。
爽やかな香りが一層強くなり、やがて私の薬草畑に到着した。
わあ、一面緑色だ……というか。
「なんか増えてる?」
「他の花を侵略しそうね」
わしゃわしゃミントもどきが勢力拡大している。このままでは庭中埋め尽くされそうだ。ちょっと怖い。いやいや薬草茶美味しいし、増えても大丈夫だよね、きっと。
うん、現実から目をそらすことにした。
「たくさんあるしフィーリアさんのお土産にしてもいいよね」
さて、たくさん採るぞー、っとその前に。
ルーナの方を振り返ると、怪訝そうにこちらを見る。
「さっきは……というか、今までごめんなさい。ルーナがパクチーもどきが苦手だと気づかなくて」
「いいえ、大丈夫よ」
「これからはルーナの苦手なもの、ちゃんと知りたいな」
ルーナは表情を変えないまま、こくりと頷いた。
「もちろん好きなもののことも、ね」
そう伝えると、彼女の目が大きくなった。
きょとんとした顔のルーナを椅子代わりの木箱に座らせ、いざミント刈りじゃー!畑に向き直り、作業を開始する。
「ルーナは休んでいていいからね。あ、この薬草は大丈夫?紅茶もあるから言ってね」
「ええ、この草は平気」
それは何よりだ。よーし、始めるぞ。
よく育ったミントもどきをバッサバッサ遠慮なく刈るにつれ、爽やかな香りが濃くなっていく。薬草茶用は籠に摘み入れ、お土産用は刈り取り後で束にしよう。
作業をしていると後ろから声をかけられた。
「ねえお姉様。フィーリアさんにハンカチをあげたの?」
「ハンカチ?」
手を止めずにミントもどきに向き合いつつ、聞き返す。
「刺繍のハンカチ」
「あー、たまたまハンカチが必要だったからね」
「たまたま?」
あげざるを得ない状態だったことはフィーリアさんの名誉のためにも内緒にしておこう。
「うん、たまたま」
そうだ。せっかくだし、このタイミングで聞いておこう。
「ねえ、もしまた刺繍をしたらルーナも受け取ってくれる?」
あれ?返事がないぞ。
「私に?」
ちょっと間が空いてから返事が返ってきた。やっぱり刺繍、迷惑だったかな。
「いらなかったら遠慮なく言ってね」
「いる」
「へ?」
即答に驚き、振り返って聞き返すとルーナはぷいっと顔を背けた。頬がほんのりピンク色に染まっている。
「……いるわ」
その様子に何だかこちらまでドギマギしてしまう。
「うん。次作ったら渡すね」
こちらも恥ずかしくなり、ミントもどきに向き直る。薬草茶用の葉はあと少しでよさそうだな。あとはお土産用にもたくさん持って行って貰おう。
すると再び後ろから話しかけられた。
「それにしてもいつの間に二人は仲良くなったの?」
「ちょっと色々あって」
かいつまんでメル先生とのことを話していく。
「なんとメル先生、学院見学をした時に案内してくれた人だったの」
「ああ、あの方」
「懐かしくなっちゃった。先生がきっかけでフィーリアさんとも仲良くなったんだよ」
少し汗ばんできた額を拭いつつ、作業を続ける。
「ふうん。ねえ、お姉様はフィーリアさんが好きなの?」
好きか嫌いかではなく、ヤるかヤられるかなのだよ、ルーナよ。いや、こちらからヤるのはダメ、ゼッタイ。
でも最初はヒロインだからと身構えていたけれど、今では彼女は大切な友だちだ。だから、
「うん、好きだよ」
……おや?あれ?
しばらく待ってみたが何も返事がないぞ?もしかしてルーナ寝ちゃったとか?
そっと振り返るとルーナが何かを考え込むような表情をしていた。
声をかけるべきか、いやでもなんて言おう。うん、わからん。とりあえずはミントもどき刈りに没頭しよう。けっして逃避ではないのだ。
籠はいっぱいになったし、お土産用を採ろうっと。そろそろお茶もしたいし、もうひと頑張りだ!
気合を入れ直し、作業を続ける。
採っても採っても採っても採っても採っても少しもなくならないのはなんでだろう。無心でただただ刈っていく。
あれ、なんだか頭がぼーっと……。
「お姉様!」
突然腕を引かれる。どうやらずっと同じ体勢でいたせいか立ちくらみを起こしたようだ。
倒れる前にルーナが手を伸ばしてくれたものの、二人共バランスを崩してしまう。
頭からミントもどきに倒れ込み、無意識に目を瞑ってしまった。
「あう、痛っ……くない?」
不思議に思い目を開けるとルーナの顔が目の前にあった。どうやら彼女の腕が私の頭を守ってくれたようだ。
「大丈夫、お姉様?」
「うん、ありがとう。ルーナもケガしてない?」
「ええ、大丈夫よ」
今は二人で仰向けにミントもどきに埋もれている。空が青いな。
「ね、ルーナ。私はルーナのこと大好きだよ」
私と同じ顔、だけど同じじゃない。可愛い私の……。
上半身を起こし、未だ仰向けのままのルーナを見下ろす。想像していたよりもひんやりしているな、と思った。
彼女の白い肌にそっと口を近づける。いつもはルーナが私にしてくれるおでこへのキス。
「ルーナは大切な妹だもの」
そう言って笑みを向ければルーナは少しむくれたような表情になった。それから何事もなかったように先に立ち上がり、私を立たせようと手を差し伸べる。
「さ、お客様が待ってるわ。戻りましょ」
私も慌てて立ち上がり、籠とミントもどきの束を担ぎ上げる。
ルーナが束を指さした。
「それ……どうするの?」
「少しだけどフィーリアさんにあげるの」
「少し?本当にそれ、あげるの?」
「うん!」
「そう」
少し呆れたように笑むとミントもどきの束に手を伸ばし、代わりに持ってくれた。
さすが頼りになるぞ、ルーナ。
「さ、デザートも楽しみだな」
「お姉様は食べるのが好きねえ」
屋敷に戻るとフィーリアさんは兄ともすっかり打ち解け楽しそうに話し込んでいる。
戻ってきた私達を見て兄が真顔になった。
「それ、多くないかい?」
「フィーリアさんの分も採ってきたんです」
「わー、いい匂い。嬉しい」
「いや……それにしても多すぎないかい?」
部屋が爽やかな香りに包まれ、食後のまったりした時間の続きがまた始まるのだった。
ミントの地植えは危険だそうです。ご注意を。
リュシアが倒れた時に怪我をしなかったのはルーナが魔法で衝撃を和らげたからです。
そしてフィーリアさんはミントもどきの束を全て背負って帰っていきましたとさ。




