悪役令嬢とお宅訪問1
「こーーーんにーーちはーー」
ドでかい声が耳に飛び込んだ。来客の知らせを使用人が伝えに来るまでもなく、誰が来たのか丸わかりである。何なら屋敷中に響き渡る声量だ。
ヒロインちゃんが、フィーリアさんが我が家にやって来た。
何の因果か招待することになったのだ。それもこれもメルキュール先生のあの花園のせいだ。
あの鍵をメル先生から貰ってから昼休みに放課後と花園に入り浸っていた。食欲も戻ってきて、今では簡単な昼ご飯を食堂から持ってきてベンチでのんびりと食べている。
食べる量も元に戻り、やがて本を読んだり刺繍をしたりと好きなことにも取り組めるようになってきた。
ある日の放課後、図書館から借りてきた小説を読みふけっていた。まさに至福の時間である。
ここには時々他の生徒もいるようだが、木々に隠れ互いに姿は見えない。何やら不思議な魔法の力が働いているようでお互いを気にすることなく過ごせるのだ。
きりのいいところまで読み終え、ほおと息をつく。このまま読み進めるのはもったいない。続きは気になるけど、余韻に浸りたい。うーん、と腕を伸ばしていると何か聞こえた気がした。
「……もん、そりゃ……けど」
誰かの独り言だ。弱々しく、悲しそうな声だ。その様子におせっかい心が動く。
「……私だって好きで来たんじゃないもん」
声の方へ近寄れば女生徒の後ろ姿が見えた。どうやら泣いてるようだ。ガサゴソと淑女の嗜みハンカチーフがないか探し出す。よしよし持ってるぞ。
「あの……おせっかいかもしれませんが、よかったら使ってください……って、フィーリアさん?!」
ハンカチを差し出そうとした手を引っ込める。
そこにいたのはヒロインちゃんだったのだ。
「リュシアさん?わ、私……」
キラキラと涙に濡れた顔でこちらを見上げるが、愚痴を聞かれたと思ったのか落ち着かない様子だ。目をゴシゴシこするから赤くなっちゃったよ。
「何も聞いていませんわ」
再びハンカチを差し出すと、彼女はこくりと頷いてハンカチを手に取った。そして、ちーんと鼻をかんだ後に、やってしまった……という表情をしつつ、ハンカチを返そうか迷う素振りを見せた。
「差し上げますわ」
「あ、ありがとーございます」
返されても困るからね。
そんなことがきっかけで花園でフィーリアさんに会うと何となく会話するようになった。
こちらとしては全力で逃げたかったが、何度も会ううちにお喋りするようになったのだ。
彼女は聞き上手で、楽しそうに話を聞いてくれる。渡したハンカチの刺繍の話、甘い物の話、花や薬草の話など会話は尽きない。関わらないほうがいい相手なのに居心地が良くてついつい一緒に過ごしてしまう。
その日の話題はメル先生の薬草茶の美味しさについてだった。
「それで、私も家の庭園で薬草を育てているの」
ついそんなことを口にしてしまった。
「リュシアさんのおうちってことは、ルーナさんのおうち?」
「ええ、姉妹だからそうなるわ」
「姉妹……双子……」
ブツブツと呟くフィーリアさんは顔を赤くし、うっとりとした笑みを浮かべた。なんでそんな熱い視線をこちらに送ってくるのだろう。
私の背筋にぞくりと寒気が走る。やだなー、こわいなー。
「リュシアさん、一生のお願い」
一生のお願いを軽々しく口に出さないで頂きたい。
「な……なんでしょう」
「リュシアさんのおうちに遊びに行きたい!ルーナさんがいる時に!」
ずずいっと身を乗り出し、こちらをみつめるヒロインちゃん。でも答えはNOだ!熱い眼差しが訴えかけてくるが、頑張れ私!NOと言える日本人だろ、さあ断るんだ!
「……いいよ」
無理。断れなかった。
日本庭園の池を悠々と泳ぐ方、ではなく、最近テレビでよく目にする、元気の良すぎる挨拶をする人と冷静なツッコミの人、なお二人、が好きです。




