悪役令嬢と魔法学院
「お兄様、お・ね・が・い」
久々に帰ってきた兄、いや、陰険眼鏡に妹ちゃんが何やら上目遣いでおねだりをしている。なんだかわからないがいっぱい我儘を言ってやれ!あ、でも我儘言うのはおねえちゃまだけでもよくってよ?
ルーナの我儘はこうだ。あと5年経ったら入学することになる王立魔法学院を今すぐ見てみたいとのことだった。
もう少し大きくなり、入学直前になれば正式な見学会があるのだが、そこまで待てないようだ。
陰険眼鏡も可愛い妹の頼みは断れないようで、父に相談すると、宰相の権力を濫用し、ルーナと二人で学院を見学できることになった。
この兄はそう遠くない未来、悪徳宰相となって妹ちゃんの為に権力濫用しまくるのではなかろうか。
うん、一度シめておくべきか……。いやいや、余計なことはしてはいけない。断罪ダメ、ゼッタイ!
そうは言っても私も学院を見学できるのは正直嬉しい。まだ通うことになるかわからないが一度は見てみたかったので楽しみだ。
しかも学院は長期休暇中で生徒たちがいないから内部も案内してくれ、さらに特別に寮へ泊まらせてくれるという。
姉妹二人だけでお泊りすることなんて初めてなので嬉し過ぎる。
学院までは護衛が必要だが、お貴族様たちが通うとあって学院の敷地内には強大な護りの魔法がかけられていて、中では護衛なしで自由に過ごせるらしい。
屋敷から馬車に揺られ暫くすると高さのある門が見えてきた。門の向こうには大きな建物が見える。
あれが王立魔法学院だ。
敷地内まで馬車で入り、やがて止まる。馬車を降りると、ところどころ花壇が設えられた前庭が広がり、その先には立派な建物がいくつか見える。木々が生い茂る林もあり、その奥にも何やら建物がある。
広過ぎて迷子になってしまいそうだ。
ルーナも興味深げに辺りを眺めている。
すぐに学院の案内係の男性がやって来て、広大な学院を案内し始めた。
今私たちがいる門を入ってすぐの馬車を停めたところは通学の為の馬車が停まるスペース、その近くには厩舎があるそうだ。
そして門から正面に広がる前庭の向こうには一際大きな建物が目に入る。それが学習棟だと係の方が教えてくれた。教室は勿論のこと、食堂や実習室、研究室等があるそうだ。
学習棟の左隣の建物は図書館棟がある。運動場もあるそうで、そこでは馬術や剣術を行うらしい。
学習棟の真ん中はアーチ状の通路になっていて、そこを通り抜けると大広間のある建物へ繋がっている。私達も通路を通り抜け、大広間の入り口前に立った。
この大広間では季節毎に催し物が行われるのだ。
……婚約破棄、断罪イベントとかな。
私は内心ぷるぷる震えながらも広間に足を踏み入れた。天井にはキラキラ輝く立派なシャンデリアがぶら下がっている。この下で私は断罪されるのだ。
うん、私はやはり隣国の学校へ行こう。改めて決意を強くする。
学習棟と図書館棟の裏側には中庭と男子寮があるそうだ。そして防犯の関係で場所は秘密だが特別な方達の為の寮もあるそうだ。
もし遠い将来、妹ちゃんに子どもができたら……。子どもはその寮に入るのかなと想像する。そしてアレス様の勝ち誇ったような顔を思い浮かべてしまった。
ぐぬぬ。おまえに妹はやれーん!と卓袱台返しでも披露するべきだろうか。
さすがに全ての建物を見て回るには広すぎるということで、私が特に気になっている図書館棟を見学させて貰うことにした。
図書館は屋敷の書庫とは比べ物にならない程本が多かった。
床から天井まである本棚がいくつもいくつも並んでいる。思わず言葉を失い、うっとり見上げてしまった。
部外者でもここの本を借りられるだろうか、いや、妹ちゃんに頼んでしまおうか。
妹ちゃんも図書館には興味津々で気になる本を見つけたのか読みたそうにしていた。
図書館棟を出ると夕暮れに近い時間だった。食堂で暖かな食事が用意されているとのことで再び学習棟へ向かう。
前世でもご無沙汰だった学食をまた味わえる時が来るとは!
学習棟の一階にある食堂はとても広い。妹ちゃんと横並びに、案内をしてくれた学院の人と向き合って窓際の席に座る。広い窓からは前庭の花壇が見える。私が外の様子を眺めていると係の方が話しかけてくれた。
「学院が始まるとテラス席ができるので外で食べるのも気持ちいいですよ」
「それは素敵ですね」
外で美味しいご飯を食べるなんて気持ち良さそう。それにしてもだだっ広い食堂が貸切状態なので贅沢すぎるな。
すぐに美味しそうな食事が運ばれて来た。沢山歩いたのでお腹ペコペコなのだ。
「通常ですといくつか種類があり、好みに合わせて選べるんですよ。通学される方は昼食だけ召し上がられますが、寮生活されている方は夕食もここで食べられますよ」
今日のメインは鳥のお肉を焼いたもので、ハニーマスタードのような風味で美味しかった。
「ほんの一部しかお見せできませんでしたが、学院はいかがでしたか?」
係の方の言葉にルーナが応える。
「とても気に入りましたわ。特に図書館棟が素晴らしくて、今から通いたいくらいですわ」
「そうでしょう。珍しい書物も沢山あるのですよ。学院に入ったらぜひ読んでみてくださいね」
お姉ちゃんも許されるなら今から籠もりたい。
食事を終えて、今日泊まらせて貰う女子寮へ案内して貰う。林を通り抜けると小さな畑と温室があった。
「ここが薬草園です。怪我をした時や授業で使うのですよ」
こ、これが図鑑に載っていた薬草たちか!ふおー、興味津々である。思わずしゃがみ込み葉っぱを眺める私に係の方が面白そうに声をかける。
「リュシアさんは薬草がお好きですか?」
「はい!植物が持つ力はすごいなと思います。図鑑を見るのが大好きなんです」
「それは勉強熱心ですね。学院では16歳からそれぞれが自分の興味があることを選んで、より専門的なことを学んでいくのです。薬草学の授業もありますよ」
薬草学!何それ、面白そう!
「ただその前に大きな試験があるんですけどね」
し……試験があるのか。よもや転生した先でも試験があるとは。私に何かチートな能力とかないのかしら?しかし残念ながら悪役令嬢であること以外転生者特典はなさそうだ。いやそれは特典じゃない!
薬草園を超えると女子寮が見えてきた。しかし係の方はその前を通り過ぎていく。
「せっかくですし、外側だけですが聖堂もご案内しましょう」
「聖堂があるのですか?」
ルーナが興味を示したようだ。
「小さいものですが、聖女様をお祀りしているのですよ」
聖女、という単語に私はピンと来た。前世のゲームの中でヒロインは聖女様の力を宿しているのだ。私の断罪エンドでも聖女様パワーが発揮された筈だ。やばい、聖堂に入ったら私、砂と化すのじゃなかろうか。怖い怖い。
女子寮から少し歩くと他の建物に比べたら小さな聖堂が見えた。
ステンドグラスが外側からも見える。聖女様とおぼしき女性とその周りを花や光の模様で囲まれていて綺麗だ。
「今の時間は西日がステンドグラスに射し込んでとても幻想的なのですよ。中に入れたらよかったのですが」
その聖なる光で瞬殺されるのではなかろうか。入れなくて本当によかったです、とは言えないな。
「それは残念でしたわ」
妹ちゃんが残念そうな顔をしている。うん、残念だったね。妹ちゃんが学院に入学したら入り放題だからね。
何はともあれ、我が身は聖堂に近づいただけでは消えなかったぞ。よかったよかった。
「では女子寮の方へ戻りましょうか」
係の方に促され、来た道を戻っていく。
女子寮の前に戻ると、入口の前で係の方が立ち止まった。
「男は中に入れないんですよ」
泊まる部屋の場所を教えて貰い、夜は建物毎に守護の魔法がかけられるので緊急時以外は建物の外に出ることはできないことを説明される。
「外には出られませんが、建物の中なら探検できますよ」
そう言うと、にこっと悪戯な笑みを浮かべ去っていった。




