それはもしかしたら初恋だったのかもしれない(ルノー)1
一般的に辺境といえば国の端、他国との国境近くのことを言うのだろう。しかしこの国にはまた別に辺境と呼ばれる地域がある。その一つがルノーの故郷である。
隣国とではなく闇の森と呼ばれる深い森と接する地域のことをもこの国では辺境と呼んでいた。
闇の森。その森は入る人を閉じ込め、呑み込んでしまう。森に果てがあるかすらわからない。ただ一度入った者は二度と戻らないことだけはわかっている。いわゆる魔物達の領域である。
そんな闇の森から悪しき物が入って来ないよう守るのがルノーの父や親族の役目の一つである。そしてもう一つ大切な仕事がある。
屋敷の図書室で静かに本を読む同い年の子どもをルノーは入り口からそっと眺めていた。
自分がまだ行ったことのない王都から来た大切なお客様だ。辺境田舎にいるがさつな荒くれ者とは違う優雅な物腰、洗練された動作、細い手首、ページを捲る手は日焼けをしたことがないのだろうか。
ルノーの視線を感じたからか客人は本を閉じた。
「何か?」
怪訝そうな表情でこちらを見るその瞳すら自分を見ていると思うと胸がドキドキする。まるで異国の女神様のようだと幼い頃のルノーは思ったのだ。
「お、俺、馬に乗れるんだ」
「それはすごいですね」
全く興味がなさそうな口調だったが、ルノーの耳には「すごい」という単語しか聞こえていなかった。
馬に乗れるといっても踏み台を用意して貰い、なんとかよじ登れるレベルである。勿論従者の手伝いは必須である。
「俺と馬に乗って遠出しようよ」
「べつにいいですけど」
客人の面倒そうな口調を気にするでもなく、ルノーは浮足立つ。
さっそく得意げに客人を愛馬の後ろに乗せる。勿論二人の後ろには護衛が乗り、手綱も彼が持っているが。
畑を過ぎて草原を進み暫くすると現れたのは湖だった。
馬に揺られ酔ったのか客人は青白い顔になったが、輝く水面をみつめ、ほおとため息をついた。
「綺麗なところですね」
そう言ってルノーに微笑んだ、その顔が美しくてルノーは見入ってしまう。
湖の周りを一緒に散策している時もルノーは客人ばかり見てしまい、景色を楽しむどころではなかった。
屋敷に帰ってからも思い出してはにやけそうになる表情を引き締めながら、明日は何をしようかと考えながらルノーは眠りについた。




