悪役令嬢は踏みつける3
朝ごはんを食べ終えてもルーナは来なかった。
もう少し待っていたかったがヒロインちゃん、こと、フィーリアさんにせがまれ教室へ向かう。彼女を迷子にしたらジェロームさんに睨まれちゃうからね。仕方ない。
教室に向かうまでの間も彼女は口を開きっぱなしだ。
ここに入学する前は大聖堂にある神官の為の聖院、前世でいう修道院のような施設で生活していたそうだ。こっそり街へ抜け出そうとするとジェロームさんにめちゃくちゃ怒られたこと、聖院のベッドは硬くて昨夜寝た女子寮のベッドがふかふかすぎて寝付けなかったこと、等々無邪気に教えてくれた。
「だから木の下で寝ちゃったの、です」
てへっと言わんばかりの笑みを見せるが、やめて頂きたい。私の寿命が縮むから。
そうこう話しているうちに教室へとたどり着く。
「こちらが教室ですわ」
教室後方の入り口を指し示すとフィーリアさんは深呼吸をした。それから扉をそっと開き覗き込むようにしている。どうやら誰かを探しているようだ。
「あ!」
目当ての人物が見つかったのか嬉しそうな声をあげ、猛ダッシュで中に入っていった。
ちょっとフィーリアさん、ご令嬢が走っては駄目ですわよ!ま、私も人のこと言えないけどね。彼女に続いて私もそっと教室の中へ入る、と同時に嬉しそうな声が聞こえた。
「アレス様ー♪」
語尾に音符を付けたような甘い声。ヒロインちゃんがその名を呼んだのは、私の可愛い妹ルーナの婚約者の名前だった。
彼女はアレス様の両手を取りぎゅっと握りしめ、握手したままブンブン腕を振っている。
「お久しぶりです、アレス様。お元気でしたか?サボってないですか?」
「あ……ああ、フィーリア嬢。元気だよ。君は変わらず元気そうだね」
おいおいヒロインちゃん、私の妹ルーナの婚約者に勝手に近寄りおって、何してくれてんじゃ。王太子も何頬赤く染めてるんだ?鼻の下伸ばしやがって。
そんな真っ黒な思考が一瞬頭をよぎった。
「フィーリアさん、仮にも婚約者のいる殿下の体に触れるのは不敬ではなくて?あなた、まさか貴族のマナーをご存知ない、なんてことはないわよね?」
一瞬で教室の空気が凍りつく。
え、誰?悪役令嬢みたいな台詞喋ったのは。
いや、この口だ。なんか自然に出ちゃったよ。どどどどどどどうしよう……。口を抑え、立ち尽くす。
するとアレス様が困惑したような表情でこちらをじっとみつめる。そして何か喋ろうと口を開きかけたが、言葉に詰まったように何も言わない。
えー、なんですかその態度。怖いんですけど。
そんなアレス様の代わりにフィーリアさんが口を開いた。
「ご、ごめんなさぁい。あの、あの、アレス様はリュシアさんの婚約者、でしたか?」
涙目で不安そうにこちらをみつめてくる姿は小兎のようだ。何だか罪悪感がこみあげてきたよ。
するとアレス様がほおと息を吐いた。
「リュシア嬢だね。私は彼女の妹と婚約しているのだよ」
「妹さんと?!リュシアさんはお姉さんなの?」
何だか嬉しそうな表情でこちらを見てくるぞ、フィーリアさん。はいはい、とっても可愛い妹がいますよ。
その時フィーリアさんの目線が私から、私の後方へ移った。そしてアレス様の視線もそちらへ移る。私もそれに合わせて振り返れば、可愛い妹ルーナが立っていた。心なしか青褪めた表情をしている。
アレス様がデレデレしていたのを見ちゃったからだな。全くもってけしからん。
三者互いにルーナに何か言おうと口を開きかけ、譲り合う。そんな沈黙を破ったのはアレス様だった。
「ルーナ?おはよう」
「おはようごいます、アレス様」
ルーナは私の隣にやって来て、笑みを浮かべる。
「紹介しよう、こちらはフィーリア嬢だ」
そう紹介されたフィーリアさんは瞳をキラキラさせ、私とルーナ双方にキョロキョロと視線を向けている。
「フィーリアさん、初めまして」
ルーナはそんな視線を物ともせず、優雅に挨拶をしてみせた。
「ほわぁ、そっくり!双子?姉妹?双子?」
一方フィーリアさんは子どもがおもちゃを手にした時のようにニッコニコの笑みで問いかけてくる。横に並んだ私達姉妹を見比べて何故か頬をピンク色に染めている。
「あの、フィーリアさん?」
私が小声で促すと慌てたように表情を繕った。
「あう、すみません。ルーナ様、初めまして。フィーリア、っていいます」
ぺこり、と頭を下げるがぎこちないお辞儀でよろけそうだぞ。
「ええ、こちらこそよろしく」
人形のような笑みを浮かべるとルーナは言葉を返した。と同時にヒロインちゃんはこけた。
ルーナの無表情が崩れ、目がまん丸くなる。勿論私の目も丸くなった。
アレス様と傍にいたイリスさんが慌てた様子で助け起こしている。さらにヴェネレさんも「大丈夫かい?」等と声をかけている。そしてジェロームさんも諌めつつも心配そうにしている。
そんな光景を見て、フィーリアさんはやはりこの世界のヒロインなのだな、と思う。でもアレス様はルーナの婚約者だから、きっと大丈夫。そう思いたい。
そっとルーナの様子を伺えば、無表情だがどことなく調子が悪そうに見える。
「ルーナ、体調悪い?」
「……別に」
鈴のような声で呟くと彼女は席に座った。そして何やら考え込むような様子を見せた。
ねえ、ルーナ。打倒アレス様、婚約解消の相談なら私、のるよ?




