貴族の責務(ローランド)2
むしゃくしゃした気分のままローランドは馬車の席にだらしなく座り込むとため息を一つついた。
程なくして馬車は動き始める。
全く散々な初日だった。あの女は駄目だ。可愛げがない、他の女を探そう、と懲りずにそんなことを考えながらぼんやりと車窓を眺める。
その時見覚えのある物が目に映った。
王立魔法学院の制服だ。こんな街中で目にすることはないのに。例え通学生でも、制服を着たまま街に出ることはない。通学の際は馬車で移動することが義務付けられているからだ。
ましてやこの時間だ。いくら王都の治安が良いとはいえ、夜になれば良からぬ輩が姿を現すこともある。
雑踏の中、その制服姿は目立っていた。
ローランドが姿の主を目で追うとそれは女だった。とぼとぼと歩く姿に見覚えがある。
「あの女」
それはつい先程まで彼の心を苛立たせていたミラという女だった。
ローランドの頭に疑問が浮かぶ。
こんな時間になぜ外にいるのか、と。あの女は寮生の筈なのに。もうすぐ日が落ち、学院の門は閉まるだろうに。
居ても立っても居られなくなり、彼は従者に馬車を無理矢理止めさせた。そして自ら扉を開き、飛び出した。
「坊ちゃま!」
慌てたような従者の声が後ろから聞こえるが構っている場合ではない。
こんな時間にあの女はどこへ行こうというのだろう。ましてあの制服を着ていれば金持ちだと思われ、良からぬ連中に目を付けられてしまう。
自分もその対象であるとは考えず、女の姿を追いかけた。すぐ後を従者が追ってきた。
「坊ちゃま、危ないですから馬車に戻ってください」
「それどころじゃない、女がいたのだ。追いかけるぞ」
要領を得ない主人の説明にも関わらず、従者は大人しく付いてきた。同級生の女が従者もつけずに歩いていたと説明すれば従者も驚いたようだ。探すことを協力してくれた。
こちらの道に行った筈だと足を進めるが女の姿は見当たらない。ではこちらと反対の道を進むが姿は見えない。
段々と辺りは薄暗くなっていく。
それでも女はみつからない。焦燥感が募っていく。
「坊ちゃま、これ以上はいけません。帰りましょう」
気づけばとっぷりと日が暮れてしまった。本当はもう少し探したかったが従者は許してくれなかった。後ろ髪を引かれる思いだが仕方ない。ローランドは言われるままに馬車へ戻った。
再び馬車に揺られながらローランドの頭に浮かぶのはあの女、ミラのことばかりだった。
どうしているだろう。無事だろうか。
そしてなぜ一人街に出たのだろう。
考えないようにしていたが、思い当たることは一つしかない。自分のせいだ。
もし明日あの女が学院に現れなかったら……。ローランドは頭からその考えを振り払った。
屋敷に帰るとローランドの兄も既に帰宅していた。遅い時間の帰宅に小言を言われてしまう。大方兄に遊んできたのだと思われているのだろう。いつもならば気にもとめないのに、今日はその言葉が針のように突き刺さってくる。
「貴族の責務を果たしたんだ!兄さんが言ってただろ!」
思わず声を荒げると兄は目を丸くした。
その晩はモヤモヤが収まらずローランドは寝つけなかった。




