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悪役令嬢は双子の妹を溺愛する  作者: ドンドコ丸
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貴族の責務(ローランド)1

「いいかい、ローランド。貴族には貴族としての責務があるのだよ」


 ローランドより年の離れた長兄は誰もが認める存在だった。真面目で公正、それでいて人当たりも良く、傲ったところもない。ゆくゆくは家を継ぎ、父と同じくこの国の司法を担う存在になるのだ。完璧な存在。そんな兄が事あるごとに言って聞かせる言葉、貴族の責務。


 そうは言ってもこの家に生まれたからには他の家の者とは違うのだ、とローランドは思う。

 王都に住む者ならば自分の家を知らない者はない。誰もが自分に傅き、言うことを聞く。幼い頃からそれは至極当たり前のことだった。

 やがて学院に入れば、女子をよりどりみどり選べる筈だ。幸い見た目も悪くない。言い寄ってくる女子は少なくない筈だ。何せ自分は誰もが羨む貴族なのだから。その中から家柄の釣り合う、自分に尽くしてくれる可愛いく従順な子を妻にし、外に愛人を作って……。幸い見た目は悪くないのだ。家は継げないが、それでも悪くない家の婿に入ればいいのだ。貴族として生まれた自分は選ばれた存在なのだから。


 世の女子が聞いたら張り手を食らわせたくなる妄想をしつつ、あの子は地味、あの子が可愛い、等と小声で隣に座るルノーに話しかける。幼なじみのルノーも苦笑いしながらも同意する。王立魔法学院の入学式真っ最中のことである。


 そんな彼も以前参加した王宮の舞踏会では屈辱の時を過ごした。ちょっと声をかければどんな女子も喜んで付いてくる筈だったのに、好みの女子をことごとく掻っ攫われたのだ。

 人気者のそいつの為に次に踊る者の待機列までできていた。

大した身分でもない癖に、やたらとモテる甘いマスクの男だ。そう思っていた。

 そいつが男装した女で、やがて自分のクラスメイトになるとは思いもよらなかった。女はドレスで充分だろう、とローランドは苦々しく思うのだった。


 舞踏会では良い出会いはなかったが、この学院生活の中で機会は沢山ある筈だ。

 そう思った彼はチャンスが訪れたことを知る。あの宰相家の双子の娘だ。一人は王太子に見初められ、一人は無様にも振られたという。

 そんな惨めな女に声をかければ、コロッと落ちるだろう。そんなわけで昼休みにルノーと示し合わせ、彼は注目を浴びる双子に声をかけることにした。

 結果は散々だった。あの女、お高く止まりやがって、俺の親父は司法省長だぞ!と内心でそう毒づく。


 そんなムシャクシャした思いを抱きながら外に出れば、先程の女が平民の男と仲良さげに話している。男なら平民でもいいのか尻軽め、そんな自分勝手な思いを抱きながら、まずは弱い者に、平民のフェルナンを標的に選び、ちょっかいをかける。生意気な平民を黙らせようと思ったのだ。しかし、それすら邪魔が入りうまくいかなかった。


 入学初日からどうにも面白くない。

 こうなりゃ、まずは遊び相手を探そうとローランドは思案する。同じ貴族は何かあると面倒だ。幸いこの学院には平民の女もいる。貴族の俺が相手をしてやるのだから光栄だろう、そんな傲慢不遜な考えでルノーを誘う。向かうのはちょっと気になっている女子の元だ。あの生意気な男装女と仲が良いのは気に入らないが、大人しそうで素朴な女子だ。


「お、いたいた」


 放課後の中庭に一人、女はいた。木を背もたれにして何やら分厚い本を広げている。どうやらローランド達には気がついていないようだ。


「なあなあ」 


 声をかければ、怪訝そうな顔でこちらを見上げる。その顔は華やかさはない。しかし野に咲く花のような可憐さがある。期間限定の遊び相手には悪くない、とローランドは思う。


「誰?」


 不審そうに尋ねる女にローランドは苛ついた。王都にいる者で自分のことを知らない者はいないのに、と。


「俺のことを知らない?どんな田舎から来たのかな?」


 その言葉にムッとしたのか少女の表情が険しくなったがローランドは気づいていなかった。


「俺はローランド。父は王宮でこの国の司法を司っている」


 ここまで言えばどんなにすごい人物から声を掛けられたのか理解できるだろうとローランドは思った。しかし彼の予想は裏切られた。


「そう」


 少女はそう短く答えると男を無視し、また視線を本に落としたのだ。その態度にローランドは怒りを覚えた。貴族のこの俺が声をかけているのに無視をするのかと。

 どうせ平民の女がこの学院に来たのは結婚相手探しの為だろう。あわよくば玉の輿に乗ろうという魂胆だろうに。それともこちらを焦らす作戦か、と自分本意にローランドは考える。


「なあ、おまえ。俺と付き合えよ」


 ストレートな告白はしかし少女に届かなかった。


「『ミ・ラ』、『おまえ』じゃない」


 本から目を離さずにそう答える。ミラは読書の邪魔をするこの貴族の男に良い感情は持てなかった。それでなくとも彼女は貴族全般に対して悪い印象しか持っていなかったのだ。


 険悪になりつつある雰囲気をルノーが和らげようと試みる。


「ねえ、ミラちゃん。読書なんてやめて僕等とお喋りしようよ」


 そう言いながらミラの本を奪い取ろうと手を伸ばす。しかしタイミング悪くミラは本をバタンと勢いよく閉じた。


「いてっ」


 涙目のルノーの手はじんじん痺れていく。


「読書に忙しいので。失礼します」


 そう言って本を片手に抱えるようにしてミラは立ち去ろうとした。


「待てよ」


 ローランドは咎めるような声音と同時にミラの細い手首を掴もうとしたが、掌を掴んでしまう。その仄かな温かさにローランドの顔は赤くなったが、幸い彼女は反対を向いている。にやけそうになる表情を整えてからミラを正面に向かせる。そしてローランドは獲物を追い詰めるように近づいた。一方ミラは後ずさるが木が彼女の行く手を阻んだ。ミラは木を背にして追い詰められてしまう。


 どんっと木に手を付くと、ミラを見下ろしたローランド。その心は獲物を追い詰めた肉食獣のように高揚していた。一方ミラは顔を青褪めさせ、唇を噛み締めていた。


「貴族の俺と付き合えばおまえも得だろう?」

「は?」

「どうせ結婚相手探しで来たのだろう?」


 ローランドの言葉を聞くや否やミラの表情が青から赤く変わる。その表情は怒りに満ちていた。


「ローランド!さすがに失礼でしょ。僕お腹空いたし戻るよ。君も迎えの馬車が待ってるんじゃない?」


 ルノーもミラの表情を見てこれはまずいと思ったようだ。しかしローランドはまだ何か言いたげにしている。そんな男を本を武器に突き飛ばすように押すとミラは駆け出した。ローランドはその反動で尻もちをついてしまう。


「あの女……」

「あ、逃げちゃった」

「くっそ、生意気な平民女め」

「だからさ、そういう発言は品位を落とすよ」


 ルノーはローランドに手を貸し、立ち上がらせた。でもこれでこの男がミラ嬢に興味を持つことはないだろうと思う。ローランドが好むのは大人しく従順な女性だ。あんな跳ねっ返りは好まないだろう、と。


「ほら帰るよ。馬車のところまで見送ってあげるからさ」


 ルノーに促され、ローランドは渋々馬車待ち場へ向かうのだった。

壁ドン、木ドンが許されるのは創作の世界のみです。

木ドンは植物にも迷惑です。やめましょう。

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