悪役令嬢と平穏な日々
あれから数回、王太子様は妹ちゃんに会う為に屋敷にやって来た。
私は二階にある自室の窓から庭園で遊ぶ彼らを見下ろしていた。何が面白いのか相変わらず走り回っている子犬のようなアレス様に、可愛い妹ちゃんが慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。いやここからだと表情まではわからないから多少妄想が入っている。しかし可愛いのは間違いない。
私の視線が熱すぎたからか、妹ちゃんがこちらに気がつき、その見上げた視線が合う。アレス様もそれに気がついたのかこちらの方を睨みつけてくる。御主人様の敵だワン!と言わんばかりの表情だ。いや妄想だけどな。まるでキャンキャン吠える犬みたいだ。
私は二人の邪魔にならないように窓際を去り、本を手に取り椅子に座った。
妹ちゃんは一度だけ王宮にもお呼ばれしたようだ。アレス様に城の中を案内して貰った話を家族に聞かせてくれた。ゆくゆくは王太子様付きの騎士になる同い年の少年にも挨拶したようだ。うん、前世の乙女ゲームにもそんなキャラクターがいた筈だ。
両親も鼻高々で嬉しそうにしている。兄だけは少し寂しそうにしていた。私も内心はとてもとても寂しい。正式な結婚が決まるのはまだ大分先だがな。気の早過ぎるところだけは陰険眼鏡と同じだ。同じでも全く嬉しくないけどな。
私は妹ちゃんが嬉しそうにしているその姿を見られるだけでいいのだ。
アレス様がちょっとドジで頼りなくて正直妹ちゃんにはもっといい男がいると思うが、一応この国のトップ、ゆくゆくはキングオブキングな王太子である。
でもアレス様が屋敷にやって来ると妹ちゃんがあまりかまってくれないからお姉ちゃんは寂しい。時々それが表情に出てしまうのか妹ちゃんは何か言いたげな表情を見せる。
でも妹ちゃんを困らせたくなくてそんな時、私は書庫に籠もることにしている。
本を読むのは好きだ。まだ読めない言葉もあるが、私でもわかりやすい図で描かれた本が特にお気に入りだ。それは花や葉について描かれた本でそれぞれ人に役立つ効能を持つ物だという。いつか実物を見てみたいなと密かに思っている。
少し前から私達姉妹にそれぞれ家庭教師がつくことになった。この家の娘として、貴族として、王宮に出入りしても恥ずかしくない所作を身に着けたり、基礎的な学問を教わったりしている。
知らないことを知るのはとても楽しくて、私は勉強の時間が大好きだった。教師に花や葉の載った本を見せるとそれは薬草学の図鑑であると教えてくれた。
いつか実物を見てみたいと言うと、この国で育つものもあるが、他国でないと育たない貴重な植物もあると教えてくれた。
もし両親が許してくれれば兄のように他国に留学するのもいいかもしれない。そこで薬草について勉強して、そのままその地に住んで薬草を育てて売って生活するのも楽しいかもしれない。
残念ながらこの世界で貴族の女性が働くのは一般的ではない。でもうまいこと平民になればそうやって働くことだってできるだろう。
まだ先の話だし気が早いかもしれない。
けれど妹が巣立った後、私は新しい生活を始めるのだ。その為にはしっかり学んでおいて、将来に備えるのだ。
そう思いながらも、私は魔法だけは苦手だ。苦手、というよりも魔力が極端に少ないのだ。多分この魔力では魔法学院に通うことはないだろう。
もしかしたら今はまだ子どもということで、魔力が弱いだけかもしれない。それにしてもこの年頃の貴族の子どもが持つ魔力と比べたら私の力はとても弱かった。
けれどそれだって今から鍛えていけば平民としての生活に困らない位にはなるはずだ。努力大事!やってみなくちゃ始まらない!
家庭教師の先生には魔法も教わっている。妹ちゃんは魔法の使い方を、私はそれよりも基礎的な魔力の出し方を教わっている。
ある時なかなか思うように出てこない力に思わず涙ぐみそうになったことがあった。不甲斐ない。
妹ちゃんは魔力も高く、初期魔法であればもう簡単に扱うことができるのに、姉としても情けない。
少し休憩にしましょうと教師に言われ、ほっとした私は部屋の隅で気づかれないように涙をぬぐった。
「おねえちゃま」
そんな私をたまたま見ていたのだろうか。
近づいて来た妹は何か言いたげに、でも何も言わずにそっとおでこにキスをしてくれたのだった。




