悪役令嬢は内職する4
気がつけばあっという間に時間が経っていた。積み上がったハンカチを見るとムフフーと笑みが浮かんでしまう。
「本当に皆さんすごいわ。こんな素敵なハンカチ、私も欲しくなりますわ」
「ルルディさんに褒められると照れちゃいます」
オレリアさんが顔を赤くする。ソフィアさんもまんざらではなさそうだ。
「お小遣い、ふぉーーー」
褒められた嬉しさの余りとんでもない事を口走ってしまった。慌てて口を手で覆うが飛び出た言葉は戻らない。
淑女らしからぬ言葉に皆も絶句したまま固まってしまった。
「……リュシアさん、はしたないですわよ」
きっかり5秒後ルルディさんから叱られてしまった。トホホ。
「お見苦しいところを、失礼しました」
「でもリュシアさんの気持ち、わかります」
しゅん、と項垂れた私に気遣ったのかオレリアさんが口を開く。
「初めて自分で働いて対価を得て、それで欲しい物を買えた時嬉しかったですよ」
言えない。将来の逃走資金の為に頑張ってます、なんて絶対言えない。
オレリアさんの言葉にルルディさんとソフィアさんが顔を見合わせる。
「私達、外で買い物をしたことがないの。どんな風ですの?」
興味津々といった様子である。そう、二人は生粋のお嬢様なのだ。
「うーん、最近だとお祭りの日にこれを買ったの」
そう言いながら小さな布に包まれた何かを机に置いてくれた。布を開くと綺麗な色をした小さな石が現れた。鉱物、原石のようにも見える。
「あら、聖石柱の欠片ね」
「ルル!」
ルルディさんの感嘆の声を遮るようにソフィアさんが声を上げる。
「あ……。聞かなかったことにしてくださる」
しまった、という顔つきでルルディさんが口をつぐむ。はいはい、私の先程の失言も聞かなかったことにしてくださいね。
オレリアさんも、「何のことー?忘れちゃったよ」と笑いながら話を進める。その様子にルルディさんとソフィアさんは安堵の笑みを浮かべた。
「これね、行商の方から買ったの。聖女様の力が込められていてお守り代わりになるって触れ込みなの」
その言葉に伸ばしかけた手を引っ込める。危なかった、浄化されてしまうところだった。
ソフィアさんがしげしげと石を眺めている。
「コロンとしていて可愛いわね」
「これは学力に効くらしいの」
学力に効く?!何それ、ちょっと気になる。
「他にも幸運や恋に効く物もあったの」
「恋愛?!」
四人できゃっきゃと騒ぎながら楽しいお喋りの時間は過ぎていった。
それにしても一日でこの枚数ならば……。仕上がったハンカチを数えつつ、ほくそ笑む。二人の力を借りれば残りのノルマもこなせるだろう。
そろそろ迎えの馬車が来るという三人を馬車待ち場まで送っていこう。でもその前に。
「皆さん、明日もぜひお願いしますね」
一度捕まえた獲物は決して逃さない。オレリアさんとソフィアさんの手首をがしっと掴み、念押しをする。
二人とも無言でこくこくと頷いてくれた。顔が引き攣ってるのはきっと気のせいだよね。
いやあ、友達ってイイモノですね。
就寝前、寮の自室で私は再び刺繍を続けていた。ルーナはそんな私を気にする風でもなく、分厚い本を読んでいる。王国の歴史について書かれた本で最近彼女はそんな歴史書をよく読んでいる。来年から王妃教育が始まるのでそれに向けて読んでいるそうだ。
予習するなんて、えらいぞルーナ!さすが私の妹ちゃん!
一段落ついたのでうーんと伸びをした。肩を回せばゴリゴリと音がする。
ルーナに話しかけてもいいかな?読書の邪魔になっちゃうかな?でも話しかけちゃお。
「ねえルーナ、『せいせきちゅー』って知ってる?」
昼間ルルディさんが何気なく口にしたあの言葉。ずっと気になっていたのだ。
ルーナは本をパタンと閉じた。そのまま身じろぎしない。
あれ?聞こえなかったのかな?
「……知らないわ」
暫くして、小さな声が聞こえた。
うーん、物知りなルーナでも知らないことがあるのね。まあいいか、ルルディさんも聞かなかったことにして、と言ってたし。
「それよりもお姉様、針は危ないから気をつけて。ちゃんと片付けて休むのよ」
「はーい」
姉を気遣う優しいルーナ、なんていい子なの。今夜は良い夢が見られそうである。
ベッドに潜りこむとあっという間に眠気が襲ってくる。
いつものおでこへの優しい感触と共に夢の中に引き込まれていった。




