悪役令嬢は内職する1
夏休みの宿題をどうこなすか。
一気に取り組み早くに終わらせる、計画を立てコツコツ毎日進める、人それぞれ色々なやり方がある。
そして夏休み最終日、何も書かれていない真っ白なノートを開き絶望する者もいる。私である。
毎夏の度、泣きながら徹夜していたなと懐かしく思い出した。いや決していい思い出ではない。
そして残念ながらその性格は直るものではなかったようだ。
「……終わらない」
ぼそりと呟きながら鼻の付け根を揉みほぐす。そして針を指で摘み、布に刺す。
うららかなお昼休み。しかし休めていない。全然休めていない。これも全て自業自得なのだ。
ヴェネレさんの依頼で以前作った刺繍のサンプルが大変好評だと連絡があった。そこで商品を増やすことになったのだ。
彼が決めてくれた締め切りはその時点では大変余裕あるものだった。そう、夏休みの初日のように。
もちろん私はまだまだ余裕じゃん?とすぐには取り掛からなかった。こういうのはタイミングが大事なのだ。今はまだその時ではない。
そして少し時が流れた。
でもまだ余裕はある。図書館で気になる本を借りたし、そちらを読むのに忙しかったのだ。さらに続編もある。読み終えるまで他のことは手につかなかった。
そんなふうにして日はどんどん過ぎていったのだ。
数日前ヴェネレさんから、「リュシアさん、残りはあと何枚くらいかな?」と聞かれた時、私は一瞬固まった。しかし、すぐに表情を取り繕えるのは貴族の嗜みである。
「あ、あともう少し……ですわ」
言えない。まだ一枚も手をつけていないなんて、絶対に言えない。
「それは心強いな。そうしたら当初の締切のままで大丈夫かな?」
そんな私の実情を知る由もなく、ヴェネレさんはにこりと笑みを見せた。そんな顔を見せられたら頷くしかない。
「ええ、問題ないですわ」
問題大アリです!!!何で見栄はってるのだ、私の馬鹿馬鹿!!!
「それじゃあ、よろしくね。学期末になると色々大変だからさ」
そう言って去っていくヴェネレさんに心の中で、行かないで!締め切りを伸ばして!、と叫ぶ。切ない乙女心である。
いや違う。怠惰なナマケモノの叫喚だ。




