第二の奇跡1
アレスとイリスは広場で花を一輪ずつ買った。
それから名残惜しそうに人々の嬉しそうな姿を眺めて、やがて広場を離れ川沿いの道を歩き始めた。
温かく穏やかな陽気で散歩日和だとアレスは思う。
しかし道を進むにつれ、辺りが何やら騒々しい。慌てたような様子でこちらに向かって人が走ってくる。
少し先にある向こう岸へ渡る橋が目に入ると、多くの人がこちら側に押し寄せて来るのが見えた。
イリスは警戒したように表情を硬くする。
一方アレスは興味津々といった表情で見ていたが、やがて好奇心に打ち勝てず走り出した。
王太子に何かあっては大変だとイリスも慌ててその後を追いかけた。
アレスは立ち止まると川の向こう岸、さらにその道の先に視線を向けた。
「なんだ、あれは?」
彼の目に映ったのは勢いよく進む荷台を引いた馬車だった。いつもは人が行き交う通りをスピードを緩めることなく突き進んでいく。
人々は道の端に寄ったり橋を渡りこちら側へ避難しようとしたり騒然としている。
しかし馬車が止まる気配はない。
アレスの目が大きく見開かれた。
子どもだ。
子どもが道に立ち尽くしているのだ。
「おい、君!危ない!逃げるんだ!」
思わず声を上げるがここからでは聞こえないだろう。アレスは何とかしなければと気づけば橋目掛けて走り出した。
「危ないです!行ってはなりません」
イリスが声をかけるがアレスは止まらない。仕方なくイリスも後に続く。
橋はこちら側に向かう人でいっぱいで渡るのに難儀する。どうにかそれを避けながら二人はちょうど橋の真ん中で一度立ち止まった。
あの子どもがどうなっただろう。
恐る恐る視線を向ければ、馬車はもう子どものすぐ近くに迫っている。
すると道の端から誰かが飛び出した。そして子どもの方に駆け寄ると、その体を安全な所へと強く押し出した。
子どもは誰かに抱き止められたようだ。
しかし馬車はもうぶつかりそうな距離だ。あの人は大怪我だけでは済まないだろう。
イリスは目を閉じたかったが、見届けるのが役割だろうと必死に開けたままにしていた。
その時二人の目はありえない光景を映し出した。
浮いたのだ。
馬車が、馬と繋がれた荷台がふわりと宙に浮いたのだ、重さなどない羽のように。
そして荷台には花が積まれていたのだろうか。溢れ落ちた花々が優しい光に包まれながらふわりふわりとゆっくり落ちていく。
色とりどりの花々は助けた人に降り注ぎ、その体は優しく暖かな光に包まれていた。
アレスとイリスは思わず顔を見合わせ、同じ言葉を呟いた。
「……聖女の奇跡」




