祭りの日4
母親から貰った小遣いで何が買えるだろうかと少女は思案する。祭りには沢山店が出るし、他国からやって来た行商人の品もある。
街に出て花々に彩られた屋台を一つ一つ物色しながら少女はゆっくりと歩いていく。何にせよ小遣いには限りがあるのだ。吟味しなければならない。
「おーい!」
聞き覚えのある声に振り向けば近所に住む兄弟がいた。声をかけたのは兄の方だ。
兄の手を握りしめた弟も嬉しそうに笑みを見せた。弟のもう片方の手には木でできたおもちゃが握られている。多分兄に買って貰ったのだろう。
この兄弟はいつも仲がよく、少女は見る度にほっこりしているのだ。
せっかくなので一緒に回ろうと三人は川沿いの道を歩き始めた。目指すは街の広場だ。
穏やかな天気、川のせせらぎはキラキラ光る。他愛もない話をしながら歩くだけでウキウキする。
弟の方は買って貰ったおもちゃが嬉しいのだろう。兄の手を離れ、小さな馬を空に走らせピョンピョン飛び跳ねかと思えば、川の流れに興味津々な様子だ。
そんな弟を時折振り返りつつ二人はゆっくり歩いていく。
「そういえば、新作はないの?」
兄が尋ねたのは少女の趣味のことだった。少女は物語を作るのが好きなのだ。とはいっても頭の中で想像したお話を近所の子どもたち、主にこの兄弟に聞いて貰うだけなのだが。
「小鳥の兄弟の冒険の話、面白かったな」
兄の言葉に少女はまんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。
何を隠そう主人公のモデルはこの兄弟である。美味しい木の実を求めて小鳥たちが山の中を冒険する一大スペクタクルなのだ。
次はどんな話にしようか。小鳥の兄弟が葉っぱの船に乗って冒険する話はどうだろう。
少女は思いついた内容を早口になりながら伝えるのだった。
歩きながら会話に夢中になっていた二人に見知らぬ婦人が血相を変えて叫んだ。
「あなた達、端に寄りなさい!危ないわ!」
その声に従って急いで道の端に寄る。
気がつけば何やら騒々しい。周りを見れば皆が道の端に寄っている。中にはこの通りを避けて、細い路地の方へ慌てたように走っていく。
人々の様子を伺うとこんな会話が聞こえてきた。
「暴れ馬だ」
「制御できないみたいだ」
「このままじゃ広場に突っ込むぞ」
どうやら荷物を運ぶ馬の制御が効かないまま街に来てしまったようだ。少女はこの通りを避けて別な道へ入ろうかと思案する。
まもなく今まで歩いてきた道の方角から馬の蹄の音と車輪の軋む音が聞こえた。どいてくれ!どいてくれ!とうわずった声でしきりに御者の男が叫んでいる。
その時兄が震える声で呟いた。
「……弟が」
はっとして少女が辺りを見回せば確かについて来ていた筈の弟の姿がない。二人とも彼が傍にいると思い込んでいたのだ。
恐る恐る今まで歩いてきた道の方を振り返る。途端兄の顔は真っ青になった。
道の真ん中に弟は立っていた。正確には動けないのだろう。迫る馬車の方を向いたまま、身をすくめ凍りついたように立ち尽くしていた。
目前には荷車を引いた馬車が迫っている。
早く動かなければ。
考えるより先に少女の体は動いていた。道に駆け出し、弟と近づきつつある馬車の間に滑り込む。
可哀想な少年は震えていた。
「もう大丈夫だから」
そう呟くと少年が小さく頷いた。
少女は少年の肩に手を当てた。
そして兄に向かって叫ぶ。
「お願い!」
それから弟を兄に目掛けて強く押し出した。
兄は青ざめた顔からはっとした表情になり、腕を大きく広げる。
そして弟を抱き止めた。
その姿を見届け少し笑みを浮かべると、やがて来るであろう衝撃に備えて少女は静かに目を閉じた。




