悪役令嬢と婚約破棄
一年後、その時がやってきた。
4歳になった私とルーナの元へ訪れた特別なお客様。
さらさらの金髪にまだあどけない表情を浮かべつつ、将来イケメンになることが約束された顔立ちの少年、王太子アレス様だ。
まあイケメンだろうがなんだろうが、私の可愛い妹ちゃんの方が間違いなく美人になるがな!絶世の美女になるがな!
姉妹二人で緊張しつつも挨拶をすると両親から王太子が私の将来の相手だと告げられる。決して失礼のないようにと重々言い聞かされ、私は神妙な面持ちで頷いた。断罪、ダメ、ゼッタイ!
堅苦しい挨拶が終わると、子どもたちだけの時間が始まった。アレス様と妹ちゃん、私の三人で何をして遊ぼうか。
「探検するぞ!」
アレス様は屋敷の庭園に目を輝かせ、勢いよく走り出す。
さすがダンスィ、王太子である前に野生児だな。
大切な王太子様が走って転んで怪我でもしたら大変だ。何がきっかけで断罪されるかわからないのだ。自己保身大事!私も慌てて後を追いかけることにした。すると後ろにいた妹も走り出したらしい、が、すぐに小さな悲鳴が背後から聞こえた。
慌てて振り返ると妹ちゃんが転んでしまったようで、泣きそうになってる!!!
「おねえちゃま、待ってぇ」
うるうると瞳に涙を滲ませる私の天使を見捨てることができようか、いや、できまい!
「ルーナ、大丈夫?怪我はない?」
幸い目に見えた傷はないようだ。私はほっと安堵の息を吐いたが、妹は瞳を未だうるませている。
「おねえちゃまぁ、痛いのー」
「ルーナ、どこが痛いの?」
ここ、とドレスの裾を捲り上げ指を差されたところは彼女の華奢な膝だった。
ふほ、白くてすべすべの肌だ。どうやら擦り傷もなさそうだ。こんな美しい肌に一つの傷だってつけさせません!
私はそっと膝に唇を近づけ、軽くキスをした。妹ちゃんは痛みが和らいだのか表情が少し柔らかくなる。
「痛いの、痛いの、飛んでいけー」
あの野生児王太子に飛んでいけー、と思いながらも前世の記憶に残るおまじないを唱えると、妹はクスクス笑みをこぼした。
全くなんて可愛さだ!
その可憐さに落ちたのはどうやら私だけではなかったようだ。王太子も妹ちゃんの可愛さに一瞬で恋に落ちてしまったのだ。
「ルーナ、おまえは俺の将来の伴侶だ!」
顔を真っ赤にして言い放つ隣の男に私は表情を硬くした。あ?貴様のようなちびっ子が可愛い妹ちゃんのなんだって?
険しい顔をしていたのが妹ちゃんに誤解を与えたらしい。
「おねえちゃま、ごめんなさい」
目に涙を溜め、姉の婚約者を奪ってしまったと思ったのか必死に謝罪を始める。そしてその顔からポロポロと涙を零し始める。
「ルーナを虐めるな!意地悪姉め!おまえはもう婚約者じゃない!」
いや私は妹ちゃんを虐めてないよ、虐めるのはオマエだよ!掃除した後に指でつーってなぞって、「まだ埃が残ってますわよ?」っていびってやんよ。小姑舐めんなよ?
いや待て、落ち着け私、王太子様は絶対掃除なんてしない。
それにしても妹ちゃんは泣き顔まで可愛いな。
アレス様はまるで私から守るように妹ちゃんの前に立ち塞がり、それから彼女の方に向き直る。ちょっと私の可愛い妹が見えないんですけど。私の可愛い妹に何してるんですか。お、これは!
アレス様はうんしょ、と力を込めて妹ちゃんをお姫様抱っこすると、よたよたと屋敷に向かって歩き始めた。その危なっかしい様子にハラハラしてしまう。ちょいとそこの王太子君、私の可愛い妹ちゃんを落としたら私がオマエにギロチンドロッポするぞ?幸い妹ちゃんは落とされることなく、困ったような表情のまま王太子様に運ばれて行った。
アレス様は顔を真っ赤にして屋敷に戻るとすぐに両親に私と婚約破棄し、ルーナと婚約すると伝えたのだった。
こうして私は遥か未来、魔法学院卒業での婚約破棄イベントよりも前に、目出度く一瞬で婚約破棄することとなったのだ。
よっしゃー、とりあえず断罪されない!死刑なし!拷問なし!自由だ、自由だー!なんかちょっぴり悲しいけど、気のせいだ。なんか涙が出てきそうだけど、気のせいだ。
これはアレだ、可愛い妹ちゃんが将来的にお嫁に行くことになった悲しみの涙だ。娘を持つ父親の気持ちと同じだ。うんうん。
両親にとっては婚約者が私でも妹でもどちらでもいいのだ。むしろ王太子の隣で嬉しそうに微笑む妹を見て、大層喜んでいた。
妹ちゃんが幸せならば私はそれでいいのだ。
王太子も帰り、今はもう夜。私達姉妹も寝室にいる。いつものように寝間着姿で二人きり、大きなベッドに並んで腰掛ける。
他愛もないことをお喋りした後、ルーナが今日の出来事を話題に切り出した。
「おねえちゃま、今日はびっくりしちゃったわね」
「そうね、ルーナが転んでとてもびっくりしたわ。怪我がなくて本当によかったわ」
次は王太子が突然走り出さないよう捕まえておかないとね。反省反省。
「……そうじゃなくて」
妹ちゃんは無表情になり、顔をこちらに向けると、私の顔を覗き込むようにみつめ、そして口を開く。
「ねえ、おねえちゃまは王太子のこと好きなの?」
いえ、好きか嫌いとか関係なく、関わりたくないです!婚約しなくてよかったです!そもそも婚約しなければ婚約破棄なんて起こり得ないもの。
「今日会ったばかりだもの、好きかどうかもわからないわ」
我ながら無難な答えを返せたと思う。
「そう……、それもそうね」
妹ちゃんも納得したみたいだ。
「ルーナは王太子様のことが好き?アレス様はルーナにベタ惚れみたいだけど」
正直独占欲剥き出しで怖いわ。あれ将来何かの弾みにヤンデレにならないか心配だわ。
「……そうね。まあ、気に入ったわ」
「そう、ならよかった。ルーナが王太子様を好きなら何よりだわ」
万が一王太子がヤンデレ化したら全力で妹ちゃんを守るからね!例えこの国を敵に回してもな!!!
そう強く決意した直後、それ断罪フラグだわ、と思い直した私であった。
「おねえちゃまったら、変な顔してるわ」
妹ちゃんがクスクス笑いながら、その小さな手を私の両頬にそっと当てた。
「おねえちゃま、おやすみなさい」
そう言って、チュッとおでこにキスをしてからベッドに潜り込んだ。
妹ちゃんが私にしてくれるおやすみのキスは今や寝る前の習慣となっていた。私も急に眠気に誘われて妹ちゃんの隣に潜り込んだのだった。
一部表現を変更しました。