悪役令嬢の魔女疑惑1
「……それでね、刺繍のハンカチを試作することになったの」
夜、眠る前の一時、寮の私の部屋でルーナと二人ベッドに腰掛けて、今日あった出来事を話している。
私はヴェネレさんから刺繍の試作の申し出があったことを話したが、ルーナは興味なさそうな顔をしている。もしかしたら商品化するかもしれないと告げると今度は眉をひそめてしまった。
そりゃあ、素人の作品が商品になるとは思わないよね。
「ルーナは私の刺繍が売り物になると思う?」
「わからないわ。でもお姉様の刺繍が人目に触れるのはどうかと思うわ」
おお、なかなか手厳しい意見だ。
「まだこれから試作だから、本当に商品になるかはわからないのよ」
「そう?ヴェネレさんも変なことを思いつくのね」
ルーナは面白くなさそうな顔をしている。
一緒に喜んでくれると思ったのだけどな。しょんぼりだ。
私は小さくため息をついた。こういう時は寝るに限る!
「ルーナ。もう遅いし、休むことにするわ」
そう告げるとルーナは立ち上がった。そして私がベッドに潜り込む様を無表情で眺めている。
もし私の刺繍が商品になったとしても、ルーナは喜んでくれないのかな。私は少し寂しく思いながら目を閉じた。
「おやすみなさい、お姉様」
小さく聞こえた声の後のおでこへの優しい感触が今日は何だか無性に切なかった。
翌朝の食堂で私はロザリーさんと朝ご飯を食べている。
ロザリーさんに刺繍作品の試作をすることになったと話すと、彼女は満面の笑みを浮かべて、すごいすごい、と喜んでくれた。
うへへ、ロザリーさんがこんなに喜んでくれるなんて嬉しいぞ。何でも昨日私が食堂を去った後、ヴェネレさんとフェルナン君が刺繍を見せて欲しいとテーブルにやって来たそうだ。
そう教えてくれた後、ロザリーさんはにこっと微笑んでこう言った。
「でも妹さんが一番に見に来たのよ」
「ルーナが?」
昨夜はあんなに無関心だったのに?にわかには信じがたいな。
「そうそう。リュシアちゃんが席を立ってすぐにアレス様を残してこちらのテーブルに来たの」
ロザリーさんが言うにはこうだ。
ルーナは私が二人に渡したハンカチをしげしげと眺めた後、私が昔から刺繍が上手だったと自慢し、子どもの頃に私から刺繍の贈り物を貰ったことがある、と主張したらしい。
えー、ルーナからそんな話、聞いていないぞ。
「ふふ。寝間着に刺繍をしてくれたって自慢されちゃったよ。妬けちゃうな」
「昔、ルーナの、妹の寝間着にお守りの模様を刺繍したの。まだ刺繍を教わってすぐの頃だわ」
ああ、懐かしいな、背守りの刺繍。あの頃はまだルーナと二人同じベッドで一緒に眠っていたんだっけ。
「私達のハンカチが羨ましくてそんな話をしたのじゃないかって、オレリアちゃんと話していたの」
そんなことがあったとは全くわからなかったぞ。
うん。久しぶりにルーナにもなにか刺繍で贈り物をしようかな。
朝の食堂は少しずつ人が増えてきた。同じクラスの生徒もちらほら目に入る。私達の席のすぐ近くに陰険眼鏡に似ている男子ともう一人のクラスメイトが何やら熱心に話している。
ど、どうしよう。闇の力がどうとか、封じられしナントカが解放され、とか、特有の単語が聞こえてくる。
ロザリーさんはその話題に興味を惹かれたようだ。
「ねえ、ね。何の話をしているのだろ?」
思春期特有病の患者の妄言だよ、とは言えない。
「うーん、もしかして王宮の光の儀式の話かも?」
私がごまかすとロザリーさんは納得したようだ。私達は食堂を出て教室へ向かう。
「そういえばリュシアちゃんは儀式の時期に合わせて町でお祭りがあること、知ってる?」
「聞いたことはあるけれど、行ったことはないわ」
町のお祭りは王宮で行われる堅苦しい儀式とは違った庶民達のお祭りである。残念ながら町に出ることがない私は行ったことがないが、賑やかで楽しいお祭りらしい。何より興味を惹かれるのは、食べ物の露店がたくさん出るということだ。くうー、私もお祭り行きたい!
ちなみにロザリーさんはお忍びで行ったことがあるという。なんでも町の家々、お店の周りに色とりどりの花が飾られて、とても綺麗らしい。そして夜になると人々が魔法で炎を灯し、夜遅くまでお喋りしたり、歌ったり踊ったりするそうだ。
ほえー。私も屋敷を抜け出して、お祭り行きたいな。
そんなことを考えながら、教室に入るとフェルナン君が私の席にやってきた。試作品の刺繍糸の相談をしにやってきたのだ。そんな私達の話を聞いていたのだろうか、先程までルーナと一緒にいたマルグリットさんがこちらへやって来た。彼女は私とフェルナン君の顔を交互に見ると鼻で笑い、こう告げた。
「あなた、ルーナ様の姉でしょう。貴族が職人の真似事などして、恥ずかしくないの」
た、確かに素人が職人になれるとは思わないけれど、その言い草はないのでは?ムカッときた私が何か言い返そうと思ったその時、私よりも早く言い返す女子の声がした。
「は?あんた、職人が恥ずかしいことだって言いたいの?さすがお貴族様は言うことが違うわね」
その声は冷たく、しかし、怒りを含んだものだった。
この子、ロザリーさんと二人でお昼を食べていた子だ。その時は私を避けていた様だった。
マルグリットさんは彼女の思わぬ反撃にたじたじとなっている。
「な、そんなことを言ったのじゃないわ。ただ身分をわきまえた行動をするように諭しているだけよ」
「そう?職人を馬鹿にしているように聞こえたけど」
冷たい視線をマルグリットさんに向けながら、彼女は尚も言葉を続ける。
「あんたが着ているその制服も職人が作っているのよ。食べ物だって私達平民が作っている。あんた、自分が貴族だから無条件にえらいとでも思っているの?」
小馬鹿にしたように笑みすら浮かべて、彼女はマルグリットさんを睨みつけた。
「ちょ、ちょっと、ミラちゃん」
ロザリーさんが焦ったようにミラさんと呼んだ女子の手を引っ張り止めようと試みる。
「平民のくせに生意気ね。あなたには関係ないじゃない!」
一方マルグリットさんは手のひらを振り上げ、今にも平手打ちしそうな様子だ。しかし、間一髪でルーナがその腕を掴んで止めている。
そんな二人に挟まれた状態で、私はどうしたらよいかわからず、ただあわあわするばかりである。
そんな中絶妙なタイミングで授業開始の鐘が鳴った。マルグリットさんとミラさんは互いに鼻を鳴らし、顔を背ける。ミラさんは前の方の席に向かって歩き出したので私は慌てて追いかけた。
「ミラさん。庇ってくださり、ありがとうございます」
「別に言いたい事を言っただけ。それに貴族のくせに魔法もコントロールできないあなたのことも、私は嫌いよ」
一度だけ振り返り、そう吐き捨てると彼女は席に着いた。
こ、こ、こ、怖かった。私は涙目になりそうになるのを堪えて、おとなしく席に戻ったのだった。




