悪役令嬢はお金が欲しい
週末はあっという間に終わってしまった。また今日から学院の日々が始まる。教室には生徒達がちらほらと集まり始めていた。でもまだ授業開始まで時間がある。私は屋敷から持ってきたミントもどきの束を手に持ち、フェルナン君の席に向かった。
「フェルナンさん、おはようございます」
「おはようございます、リュシアさん。それ、何ですか?」
フェルナン君がわしゃわしゃの葉っぱに目を丸くしている。
「これはうちの薬草園で採れた物なの。染色の材料にならないかな、と思って」
決して押しつけているわけではないのよ。
「なんだかすっきりしたいい匂いがしますね」
フェルナン君が葉っぱの香りを嗅いでいる。
「この前刺繍糸を頂いたから、そのお返しに。もしよかったら貰ってくださる?」
「染色に使えるかは試さないとわからないけれど、ありがたく頂きます」
薬草茶としても飲めることを伝えると、それも試してみるとのことだった。
しめしめ、これでうまく染色の材料になったらあの大量のミントもどきを売ってミント長者になれるかもしれない。私は心の中で捕らぬ狸の皮算用をしてほくそ笑んだ。だって、将来の為にお金は必要だもの。大金持ちになって左団扇で暮らしたい、なんてわけじゃないのよ?
午前の授業が終わり、お昼の時間だ。今日はロザリーさんとオレリアさんと一緒に食堂へ向かう。私は二人の為のハンカチを用意し、そわそわしながらテーブルについた。
「あの、ロザリーさん、オレリアさん。これを受け取ってくださる?」
私はハンカチを差し出した。すると二人はきらきらと目を輝かせながら受け取ってくれた。
「リュシアちゃん、このハンカチ、もしかして手作り?」
「刺繍が、お花の刺繍がとても丁寧に施されているわ」
二人ともじっくりと舐めるような視線で刺繍を見ている。そんな真剣に見られると恥ずかしいな。特にオレリアさんは刺繍を指でなぞり、観察するように眺めている。
「そんなに見られたら恥ずかしいわ」
「だって、とっても素敵なのだもの」
そんな、照れちゃうな。私は自分用のハンカチも取り出して、二人に見せてみた。
「三人お揃いにしてみたの」
「ふふ。お揃いって特別な関係の証みたい」
「色違いもとても可愛いわ」
よかった。二人とも喜んでくれて私も嬉しいぞ。それにしてもロザリーさんたら、特別って。ふふふ、嬉しい。
お昼ご飯を食べ終え、二人と別れた私は中庭に向かった。いい感じのベンチがあったので、のんびりしようと思ったのだ。放課後は魔力調節の特訓があるから、今のんびりしておかないとね。
暖かい日差しが気持ちよくて、ついうとうとしてしまう。
「……シアさん、リュシアさん」
ん、ねむい。誰だろう。突然爽やかな笑顔が目の前に現れた。おお、夢の中にイケメンが出てきたぞ。思わず口元が緩む。
「リュシアさん、もしかして寝ぼけてる?」
ん?夢じゃないの?
私は現実と気がつき、一気に顔を青くした。やっばい、涎とか垂らしていないよね。
声をかけてきたのはヴェネレさんだった。その隣にはフェルナン君もいる。私は口元が濡れていないかさりげなく確認しつつ、ヴェネレさんの様子を伺う。もしかしてですが、断罪されるのじゃないよね?ね?
「あの、私に何かご用でしょうか」
「うん。リュシアさん、刺繍が上手なんだって?」
もしかしてハンカチのことを言っているのだろうか。
「上手かはわかりませんが、趣味ですの」
「さっきロザリーさん達から見せて貰ったよ。とても見事な出来だった」
えー、ヴェネレさんも見たの?自分の作品を見られるのって不思議な感じがする。
「僕も見させていただきました。とても丁寧で素敵でした」
フェルナン君まで、そんなに誉めても何も出てこないよ?
「お褒めに与り光栄です。刺繍糸はフェルナンさんから頂いた物を活用させて頂きました」
また余った商品があったらいつでもお願いします、とは顔に出さない。
「ねえ、リュシアさん。貴族のご令嬢にこんな話をしていいのか悩ましいけど」
なになに?ご令嬢には言えない話?大丈夫、私の中身はばっちり平民です。
「ヴェネレさん、まずはお話を伺いたいですわ」
彼は口を開きかけ、それを閉じ、そしてまた迷うように開いた。
「リュシアさん、お小遣い稼ぎとか興味ない?」
お、お小遣い?
とんでもない言葉が出てきたなと目を丸くする。そんな私を見てヴェネレさんは話したことを後悔するような表情になった。
「申し訳ない。リュシアさんにする話ではなかった。聞かなかったことにして欲しい」
あー、ヴェネレさんが項垂れてしまった。
いや、待って。ちょっと驚いただけだから。その話、聞かせて貰おうか。お小遣い、もとい、将来の為の資金の話、詳しく!
「ちょっと驚いただけなの。お話、詳しく聞かせてくださる?」
ヴェネレさんの話はこうだった。最近隣国から輸入する品は多くある一方、この国から輸出する物が少ないそうだ。そんな中、何かこの国独自の特産品があればいいのに、とヴェネレさんの家、商家は思っていたそうだ。そんな彼は刺繍をされたハンカチを見て、これは商品になるのではと思ったそうだ。
でも刺繍なんてどこにでもあると思うのだけどな。ヴェネレさんにそう聞いてみると、多くの貴族の令嬢は自分で刺繍をするのが当たり前で、刺繍をされた既製品はあまりないそうだ。また染色技術はフェルナン君の家の秘伝の物があり、差別化を図れるらしい。
それはともかく、お小遣い、欲しい。
「ヴェネレさん、その話とっても興味深いですわ」
私はにっこり微笑み、ヴェネレさんから詳しい話を聞くことにした。
話がまとまり、まずはフェルナン君からハンカチと刺繍糸を提供して貰い、試作品を作ることになった。刺繍ができるの嬉しいな。いや、単純にお小遣い嬉しいな。
そうだ、せっかくなのでヴェネレさんに聞いておきたいことがある。
「ところでヴェネレさん。私、薬草も沢山育てていますの。輸出できないかしら」
目指せ、ミント長者!
「リュシアさんの言っている薬草って、フェルナンが貰った物?」
そうそう、わしゃわしゃ売って大儲け!ぬふふふ。
「うーん、あの薬草はわりとどこでも栽培できて、よく育つから商品には向かないんだ」
ヴェネレさんがすまなそうな顔で教えてくれた。
こうして私のミント億万長者計画はあえなく頓挫したのだった。非常に残念である。




