悪役令嬢と可愛い妹
久々に兄が屋敷に帰ってきた。
兄と言っても血は繋がっていない。なかなか子どもに、世継ぎである男子に恵まれなかった両親がとある没落貴族の子どもを養子に貰ったのだ。
眼鏡をかけて私の前ではニコリともしない男だ。腹の中で何を考えているのかわからないがその表情は冷たく、お腹の中もきっと真っ黒黒だろう。今までは怖くて堪らなかったが、記憶が蘇った今だからこそできることがある。
こいつにあだ名をつけるてやる!今日からこいつは陰険眼鏡だ!
そんな陰険眼鏡も"私の"かわいい妹ちゃんの前では表情を崩してデレデレである。血が繋がってないオマエの妹ではない、私の可愛い妹ちゃんだ。
「ルーナたーん♪甘いもの食べるかい?」
その声、どこから出しとんのじゃあ?と聞きたくなる猫なで声を出して帰って早々にルーナに話しかける陰険眼鏡。
「おにいちゃま、ルーナ甘いもの好きじゃないの。おねえちゃまにあげて。ルーナはキラキラの石が好きなの」
「ルーナはお姉ちゃん思いの優しい子だな」
兄は私に不用になったサブレの箱をポイッと投げるように渡すとルーナを抱え上げ、嫌がる妹に頬ずりをする。
別に陰険眼鏡の愛情なんていらないが、普段はなかなか貰えない甘い物が手に入ったのはラッキーだ。
ルーナは兄から3歳の子どもにはまだ早すぎるのではと思う紅く輝くルビーの髪飾りを渡されニコニコしている。
「ルーナはこんなちっちゃいのに美しいものの価値がわかる天才だな」
鼻の下をデレッデレに伸ばした陰険眼鏡よ、わかってないのはオマエだ。
ルーナは、妹ちゃんは宝石なんかより百倍も千倍もキラキラ輝いていて、美しいのだぞ!その曇った眼鏡を千回磨いてこい。
私はサブレの箱を握りしめ、屋敷の裏にある庭園のある一画へ向かった。
少し大きな木と低木、そして花々の植え込みにより隠れることができる私のお気に入りボッチスペースだ。
ここでならばワルになれる!貴族令嬢のワル、それはサブレを皿に出さず直に手づかみで食べること!早速包みを開くと芳醇な香りを鼻いっぱいに吸い込む。そしていざ!実食!
バターの濃厚な風味、さっくりした食感、贅沢な甘味を味わい目を閉じ、思わず笑みを浮かべてしまう。
「おねえちゃま、ここにいたの?」
鈴のような声に目を開くと、可愛い妹ちゃんがこちらを覗いている。
「ルーナ!どうしたの?お兄様のところにいたんじゃなくて?」
「おねえちゃまとおやつが食べたくて」
やはりルーナもサブレが好きだったのか。独り占めしようとして悪いことをしたなとバツが悪そうな表情を浮かべると妹ちゃんはふふっと微笑んだ。
「あのね、おねえちゃま。食べさせて」
あーんと目をつむり小さな口を開き、サブレをおねだりする天使がいる。
ちょっと、鼻血吹きそうなんですけど!あーん、て、あーん、て、なにこれ、可愛すぎる。
「おねえちゃま?」
いつまで経っても入ってこないサブレにしびれを切らしたのか妹が怪訝そうな顔でこちらを見やる。落ち着け自分、まずこの締りのない顔をなんとかするのだ。まだ鼻血は垂れていない、大丈夫、問題ない!
「はい、あーん」
私はサブレを指でつまむと妹ちゃんの桃色の口にそっと差し入れた。柔らかな唇がサブレごと指を優しく喰む。
「ふふ、甘ーい」
天使のような表情が小悪魔のように変わり、ペロリと唇を舐め上げた。その蠱惑的な表情といったら!
(かーわーいーいー!!!!!)
鼻血を吹かなかったおねえちゃまは偉いと思います、マル。相変わらず姉としてどうなんだという位、語彙力が消えていく。妹ちゃんは私の語彙力を奪う魔法でもかけているとしか思えない!けしからん!でも可愛いから許す!
家族も、使用人も誰も私を疎んじて役割こそ求めるが、愛さないけれど、妹ちゃんは時々こうやって二人きりになると甘えてくれるのだ。それがとてもとても嬉しい。
それに来年になれば王太子様にも出会えるからヒロインが現れるまでは私のことを少しは気にかけて貰えるかもしれない。
「おねえちゃまも、はい、あーん」
今度は私にサブレを食べさせ始めた妹にメロメロになりながら私は姉妹二人きりのひと時を楽しむのだった。
気になる点があったので習性しました。
話の内容に変わりはありません。