悪役令嬢は呼び出される
午前の授業が終わり、オレリアさんと二人でお昼ご飯を食べている。
ロザリーさんは他の女子と食べるのだって。その子も一緒に食べようと声をかけてみた。でも、私は避けられているようだ。怖い顔でこちらを睨んだ後、教室を出て行ってしまった。
「リュシアちゃん、ごめんね」
ロザリーさんがすまなそうな顔をして慌てて彼女を追いかけていった。
オレリアさんによると彼女の名前はミラさん。平民ながら有名な発明家のお嬢さん、とのことだ。何を発明するのかな。空を飛べる魔法の道具とかかな?
それにしてもあの怖いお顔。でも仕方ない。放火未遂魔のこと、お嫌いですよね。ぐすん。
そんな落ち込む私を見て、オレリアさんが話題を変えてくれた。
「ねえリュシアちゃん、リボンの刺繍の話、知ってる?」
「リボンって制服のリボンのこと?」
オレリアさんが言うには、制服のリボンの後ろ側に刺繍をして、仲のよい生徒同士で交換するんだって。
「あのね、お友達同士で交換もいいのだけど」
オレリアさんはそこで言葉を切り、顔を赤らめる。
「想い合ってる同士で交換する人もいるんですって」
なにそれ!素敵!私もロザリーさんと交換したい、あ、でもロザリーさんの制服はリボンでなくてネクタイのようなスカーフタイプなのだ。交換できないのか。
「リュシアさん、ロザリーさんのこと考えてるでしょ?」
オレリアさんにクスクス笑われてしまった。え、そんなに顔に出ていたかな。刺繍のこと、ロザリーさんに服を作るとしたらどんなものがいいか、なんてことを話しているうちにあっという間に時間が過ぎていく。そんな二人のテーブルにツカツカと靴音を響かせて近づいてくる人がいた。
「お食事はお済みかしら?」
ふお、華やかな美人さんが話しかけてきた。あ、後ろにいるのはソフィアさんだ。オレリアさんはびっくりした様子で一瞬固まったが、口を開く。
「ええ、頂きました」
私もお腹いっぱいである。美人さんはこちらのテーブルをご所望なのかしら。
「あ、私も済みましたので移動しますね」
そそくさと立ち上がり、去ろうとする私を美人が止める。
「リュシアさん、あなたにお話があるの。来てくださらない?」
来てくださらない?、という提案口調でありながらも、ノーと言わせない圧力をかけつつ美人が迫ってくる。これって前世で言うところの体育館裏への呼び出しというやつではなかろうか。
ひぃいい。悪役令嬢ですが、まだ悪いことしてません!教室を燃やしかけたくらいで、何も悪い事してないです。
「わ、私も一緒に付いて行きます」
オレリアさんが怯えた様子ながらも心強い提案をしてくれた。しかし、美人は首を横に振る。
「私が用があるのリュシアさんお一人です」
私の方は用はないんですけどー。しかし拒否権はないようだ。私は美人に捕獲され、中庭に連れ出されてしまった。
中庭の隅、木々に囲まれた区画に私と美人、そしてソフィアさんが立っている。蛇に睨まれた蛙のように固まって動けない私を美人がじっと見据えている。
「宰相家のお嬢様が情けない姿ね」
はあ、とため息をつかれてしまった。しかしこちとら、体は悪役令嬢だけど、心は庶民ですから!
「ど、どういったご用件かしら」
できるだけ穏便に済ませたい。体育倉庫に閉じこめたりしないで頂きたい。そんな倉庫ないと思うけど。
「ルルディ、あまり威圧しちゃダメよ。怖がられてるわよ」
ソフィアさんが困ったように美人に言う。しかし美人は首を横に振る。
「仮にも未来の王妃の親族となる方なのよ。どんな時でも堂々としていないと」
未来の王妃って。あ、ルーナのことか。そうか、いつかルーナがアレス様と結婚し彼が王位を正式に継承したら、私は。
私はその前に平民になりたいです!そんな思いが顔に出ていたのだろうか、ルルディさんが眉間に皺を寄せている。
「貴族としての立ち居振る舞いはともかくとして、あなたの魔力は何なのです!」
ええと、これはお説教されてる感じなのかな?
「魔力を調節できないのはともかく、クラスメイト全員をあんな危険な目に遭わせて」
返す言葉もございません。
「よって、今日から放課後毎日特訓ですわよ」
は???
「えっと、ルルディさん、それは」
「ですから!私があなたの魔力コントロールができるようになるまで特訓します!」
え?何これ、スポ根物ですか?私、努力と根性とは無縁の堕落した人間なのですが。
困ったような笑みを浮かべてソフィアさんが口を開く。
「私も子どもの頃、魔力調節が苦手だったの。でもルルディが付きっきりで日の出から真夜中までみっちり特訓してくれたのよ」
遠い目をしながらソフィアさんが語ってくれた。ルルディさんがうんうん、と力強く頷いた。
「リュシアさん、一に努力!二に努力、三、四に努力!五に努力!です!」
努力が、努力が重い……。
「リュシアさん、お返事は?」
「はい!」
ピシリ、と鞭のように言葉が飛んで来て、思わずいい返事をしてしまった。
「では、早速今日の放課後またここでお待ちしていますわ」
逃げたら只じゃおかない、というような目で威圧しつつルルディさんは去っていった。
「あの子、スパルタだけど、悪い子ではないのよ。スパルタだけど」
去り際にソフィアさんが小声で教えてくれた。
わー、放課後が一生来ないで欲しい。私は来る放課後を想像し、ただただ震えるのであった。




