悪役令嬢と姉妹の約束
「お姉様、体は辛くない?」
「ルーナ、もう大丈夫だから。それより、あなたの方が心配よ」
「お姉様の方が心配だわ」
女子寮への道をルーナと二人で歩きながら、そんな会話ばかりを繰り返している。
あの教室での惨事の後、ルーナは何事もなかったように立ち上がると
私の手を取り立たせた。そしてふっと笑みを浮かべ、ルーナは周りを取り囲む面々をゆっくりと見回した。
「皆様、姉がご迷惑をお掛けしましたわ」
さっきまで抱き合う姉妹を好奇の目で見ていた面々は、はっとした様子になり表情を変えた。たまたま目に入った王太子様とイリスさんは冷たい警戒するような目で、軽薄コンビはこわばった顔でこちらを見ている。
クハハ、今度平民差別をしたら焼き芋の刑だぞ!いや、洒落にならないな。そのまま私が火炙りエンドを迎えそうだ。私は他のクラスメイト達の顔を見るのが怖くなって、その後は下を向いてやり過ごした。
教師からは今後魔力調節の練習は炎ではなく、風を使うように言われた。でも風魔法だって竜巻とか起こさないか心配だが、いいのかな。とりあえず、火の用心大事!
授業終了の鐘と共にそっと抜け出そうとした私の腕を誰かが掴む。
「待って、お姉様の体が心配なの」
振り返るとルーナが後ろに立っていた。
「ルーナ、ありがとう。夕ご飯まで寮で過ごすから大丈夫よ」
「そんなことを言って、また夕食を食べそびれたらどうするの」
口を尖らせ、心配そうな表情で見つめられる。くー、こんな可愛い顔をされて断ることなどできようか。
「心配してくれてありがとう。そうしたら寮まで一緒に来て貰おうかしら」
私の言葉にルーナはにっこりと頷いた。ところで私、夕食を食べなかった話、ルーナにしたっけ?
寮の私の部屋をしげしげと眺めるルーナに椅子を勧め、私はベッドに腰掛けた。
「ルーナ、今日はありがとう。教室を燃やしちゃうところだったわ」
「お姉様は魔力のコントロールに慣れていないから仕方ないわ」
何でもないことのようにルーナは言う。でも屋敷では魔力を出すのに精一杯だったのに不思議だ。封じられし闇の力が飛び出しちゃったのだろうか。思案する私の顔をルーナが覗き込む。
「ねえ、お姉様。夕食はこれからも一緒に取りましょ」
私もルーナと一緒にご飯を食べられるのは嬉しいぞ。でもルーナにも新しいお友達がいる筈だ。いつまでも姉妹一緒というわけにもいかないのではないか。
「マルグリットさんは?」
「あの子は通学生なのよ」
ふう、とため息をつくと、ルーナがさらに顔を近づける。
「夕食だけでなくて、寝る前のお喋りもしたいわ」
ふほー、私もルーナとお喋りしたいです。
「そうね。夕食と寝る前はなるべくルーナと一緒にいるわ」
「二人だけの時間。約束よ」
ルーナはそう言うと満足げに笑みを浮かべた。
その後、ルーナは一度部屋に戻り、夕食の時間に迎えに来てくれた。二人で食べるご飯は美味しくて、ぱくぱく食べてしまった。
そして今は夜。ルーナの部屋に行くと言ったのに、また私の部屋にルーナが来てくれた。屋敷の寝室で一緒に過ごした時のように他愛もない会話をする。
「お姉様、学院生活は楽しい?」
「さすがに今日は肝を冷やしたけど。でもお友達もできたのよ」
「ああ、あの平民の男子と随分仲が良さそうね」
む、まだフェルナン君のことが嫌いなのか。
「彼の家は刺繍や裁縫と縁があって、話が合うのよ」
「お姉様は貴族なのに、何も気にしないから心配だわ」
ルーナはそう言うと、私の顔を覗き込む。私も負けじとルーナを見つめ返す。私のこの考えは変えられない。
「王族、貴族、平民の違い。そんなこと、どの体で生まれたかの違いに過ぎないわ」
私が力を込めて伝えるとルーナの瞳が妖しく煌めいた。
「そんなこと、ね」
「だって、魂がどの体に行くのかは自分では決められないでしょう?」
自分の魂が何でこの世界に転生したかわからないからね。
「……お姉様って本当に面白いわ」
あ、珍獣を見る目をしているぞ。一瞬無表情になった後、ルーナはにこっと笑った。
「いいわ。私、あの方に謝るわ」
「ルーナ、いいこいいこ」
私は思わずルーナを抱きしめ、頭をなでなでした。
「お姉様ったら」
恥ずかしそうに顔を赤くし、ルーナが腕をすり抜ける。そんなルーナも可愛いぞ。
そろそろ就寝時間だ。ルーナに部屋に戻るように促すと、お姉様が眠るまでここにいる、と動かない。仕方なくベッドに入ると、枕元にルーナが腰掛けた。そして、その顔がゆっくりと近づいてくる。
そして、おでこに優しい唇の感触が伝わった。




