悪役令嬢と希望の朝
新しい朝が来た、絶望の朝だよ。私は昨晩の夢をしっかりと覚えていた。
ここは乙女ゲームの世界、私、悪役令嬢。未来は闇色、断罪エンド。
いっそ何も覚えていなければ幸せに生きられたかもしれないのに。いやいや、絶望してはいけない、未来がわかるなんてむしろラッキーじゃないか。
(全力で絶望的な未来を回避しよう)。
私は固く心に決めたのだった。
「リュシア様、早くなさい!お支度しますから」
侍女に乱暴に腕を捕まれ、寝間着を着替えさせられる。
「ルーナ様は早くに済まされているのに姉である貴方が遅いなんて……」
ブツブツ不機嫌そうに呟きながらも髪の毛をガシガシ梳られる。正直痛くてちょっと涙目になってしまうが侍女は手加減しない。
そういえば前世の私も鈍臭くて、それが原因か周りに苛つかれたりしたな、とため息をつく。好きで鈍臭いわけじゃないのだ。
「おねえちゃま、お支度終わった?朝ごはん食べましょ」
いつものようにそつなく支度を終えているルーナがいつの間にか部屋に入ってきた。
ふわりとウェーブのかかった黒髪の一部をリボンで飾られ、普段用のドレスを身に着けているその姿は天使のようだ、というか天使そのものだ。
かわいい、妹ちゃん、かわいい。あ、また語彙力がなくなる。
着替えと身支度が終わり、侍女にようやく解放され、私は妹ちゃんの差し出した手を取り、朝ごはんを食べに向かうのだった。
妹ちゃんにメロメロである。
私は勿論のことだが、父も母も血の繋がっていない兄も屋敷で働く使用人達も、屋敷の馬達も鳥も花も。何なら太陽も月も、皆妹ちゃんにメロメロなのだ。
当たり前だ、妹ちゃんは可憐で可愛いのだ。
皆が彼女に夢中であるのは当たり前のことで、ただ自分が愛される対象でないことがほんのちょっぴりとだけ寂しいのだ。
父も母も妹ちゃんにデレデレで、私もちょっとだけ両親に甘えたいなと側に寄るとそのデレた表情は瞬時に変わる。
おまえは姉なのだから甘えるな、鈍臭いからしっかりしろ、貴族の娘として恥ずかしくない振る舞いをしろ!
そんなことばかりを言われ、泣きそうになると、泣くな、貴族の娘がはしたない!と叱責される。ほんの、ほんのちょっぴりでいいから、私も甘えたい。でも私は姉だから、この家での役割があるから、しっかりしないといけない。
我が家は代々王宮で宰相を務める家柄で、娘が生まれれば王族に嫁ぐのが当たり前という身分だった。
私が求められるのは貴族の娘として、やがては王族の配偶者として恥ずかしくない人間になることなのだ。
政治とか難しいことはまだわからないけれど、それが求められている役割ならば仕方ない。
けれど、断罪は絶対に嫌なのでうまく作戦を考えよう。
確かこのゲームでは王太子と悪役令嬢は4歳になってから出会うのだ。そしてその時に婚約が決まる。
やがてこの国の貴族が11歳になると当たり前に入学する魔法学院に通い、ゲームのヒロインはある理由で1年遅れて入学してくる。
それから数年経つと、学院の卒業パーティーで私の絶望断罪エンド、婚約破棄イベントだ。おお、お先真っ暗。
幸い私はまだ3歳だ!あらゆる手段を尽くして、悪役令嬢ではなく真人間になろう!王太子には近づかない!王宮には近づかない!なんなら自活できるようになろう!身分を隠して平凡な人生を送ろう!平凡大事!贅沢なんていらない!断罪断固回避!