悪役令嬢と針のむしろ
あれから私達は慌てて学習棟へ向かった。敷地内広すぎ!せっかくの魔法学院だからどこへでも一瞬で行ける扉とか設置してくれたらいいのに。
なんとか授業開始の鐘の音より前に教室に入れた。
あれ?教室の中にいたクラスメイト達が一斉にこちらを見たぞ。
なんだろう、この憎々しげな視線は。
アレス様もイリスさんも、さっきの軽薄コンビも、こちらを冷たい目で見ている。事情を知らない筈の他のクラスメイト達もこちらを刺すように見ている、気がする。
教室にはなんだか重苦しい空気が漂っている。
その理由はすぐにわかった。
泣いているのだ。ルーナが目に涙をためて、シクシク泣いている。そんな彼女を左隣の席の女子が慰めている。
そして王太子アレス様が私を射殺さんばかりの目つきで睨みつけながらこちらに歩いてきた。
「リュシア!おまえ、またルーナを虐めたのか」
また、とはなんだ、またとは。私はルーナを虐めたことはないぞ。
でも彼の中では私は可憐な妹を虐める姉ということになっているようだ。
「私、そのようなことは」
釈明をしようとして言葉に詰まる。アレス様の隣に立つイリスさんもこちらを鋭い目つきで見ている。今朝はあんなに爽やかな笑顔だったのに。
そこに割って入ったのはヴェネレさんだった。
「ルーナさんが泣いている理由は僕にはわからない。でも、少なくともリュシアさんは妹を虐めたりするような人ではないよ」
おお、心の友よ!さっきまで逃げ出したいとか考えてすみません。
「でもルーナを泣かせたのはリュシアだろう」
アレス様がヴェネレさんに詰め寄る。わ、私もちゃんと説明しないと!でもなんて言えばルーナを傷つけないですむだろう。
そんなやり取りをする中、ルーナが一瞬だけ真顔になった。そしてヴェネレさんの方をじっと見上げ、それからまた涙をポロポロ溢した。
「ルーナはお姉様のためを思ってアドバイスしただけですの」
蚊の泣くような声で呟くと、うるうるとした瞳でヴェネレさんをみつめている。あ、あの前世のテレビCMに出てきたワンコの瞳だ。こんな修羅場なのに不覚にもキュンとしてしまう。
私が煩悩にとらわれている中、フェルナン君も話に加わった。私の隣に立つとルーナに視線を合わせる。
「リュシアさんはあなたから僕への発言を姉として叱っただけでしょう」
擁護をありがとうフェルナン君!
ルーナはそんな彼をまるでいないものかのように無視すると、ヴェネレさんに視線を合わせる。
「ヴェネレさんはその方の言うことを信じるんですの?」
ヴェネレさんをじっとみつめて、視線を外すことなく。
「ああ、僕は友達を信じるよ」
力強くそう答えたヴェネレさんに対して、ルーナはひどく驚いたように目を見開いた。そしてその表情を一瞬で取り繕うと悲しげな顔になる。
「あら、そうですの。私のことを信じていただけないなんて残念ですわ」
ルーナはそう呟くと、ヴェネレさんから視線を外した。
その時ちょうど教師が教室に入ってきた。私達はモヤモヤとした気持ちのまま席についたのだった。




