悪役令嬢と初めての友逹
昼食を終え、私はルーナと分かれて前庭に向かうことにした。ルーナは図書館に気になる本があるらしく、行ってしまった。私も図書館はとても気になるが、ご飯を食べたばかりなのだ。次に来るのは眠気である。図書館行ったら即寝落ちだわ、ぐう。幸い午後も授業はなく、先程の続きが行われるようだ。
前庭は花壇やベンチがあちこちに置かれていて、広い芝生もある。でもさすがに貴族の方ばかりだからか、芝生に寝っ転がっている生徒は皆無だ。ここでお昼寝したら絶対気持ちいいのにな。もったいない。
私は暫く散策してから木陰のベンチに座り、折り畳んだプリントを制服のポケットから取り出した。そこには学院の基本情報だけでなく、クラスメイトについての簡単な情報も載っている。
アレス様、イリスさん、あとさっきのメドューサみたいな眼力の子は、ソフィアさん、か。あの軽薄コンビはなんて名前なんだろ。今後ルーナに近づけないようにしないと。
私が眉間にシワを寄せていると近寄ってきた人物がいた。
「こんにちは。隣よろしいですか?」
ほえ?誰の?隣?
私が突然のことに口をパクパクさせていると、話しかけた相手、見覚えのある男子が弁解を始めた。
「ご、ごめんなさい、私みたいな町民にいきなり話しかけられて迷惑ですよね」
ほえは?え、あ、そうじゃなくて。突然話しかけられてびっくりしただけだ。そもそも私の前世は立派な庶民だ。
それにしてもこの学院は貴族だけでなく、町民の方も入れるのね。もしかして、ものっすごく頭がいい子ではなかろうか?!
「あら、すみません。プリントを読むのに夢中にになってしまって。えっと、同じ新入生よね?」
多分、同じ教室にいた気がする。
「そうです、そうです。フェルナンと言います」
彼は純朴そうな、にこやかな笑みを浮かべて名乗ってくれた。
「リュシアと申します。これから宜しくお願いします。」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
私がフェルナン君に隣に座るよう促すと、彼は遠慮がちに腰掛けた。
「同じクラスメイト同士ですし、堅苦しくなさらないで」
「あ、うん、ありがとう。僕、リュシアさんが刺繍が好きとプリントで知って、話しかけてみたくて」
あのプリントにはクラスメイトの名前の他にそれぞれが今好きな物や興味があることが書いてあった。そこに私は薬草と刺繍と書いたのだ。
ちなみにアレス様はルーナ、と書いていた。そしてルーナはアレス様、ではなく、綺麗なもの、と書いていた。
「昔、家庭教師の娘さんが刺繍を教えてくれたの。それ以来夢中になってしまって」
「僕の家、大昔は染物をしていて。布を染めたり、糸を染めたりする職人だったのです。だから刺繍好きと知って、嬉しくなってつい話しかけちゃいました」
職人さん!すごい!私が使っている刺繍糸も彼の家で染めてたりするのかしら?
「私、色とりどりの刺繍糸を眺めるのが好きなのよ。本当に素敵なお仕事ね」
職人!かっこいい!手に職!素晴らしい!
「そ、そんな素敵だなんて。今は珍しい糸や布の仕入れをする方が中心なんです。でも時々染色の実験なんかもやってます」
ほほー、興味深いな。
「色はどうやって染めるているの?」
やはり魔法だろうか?ファンタジーなのか?
「そうですね、植物を使うことが多いです。あとは異国の『魔法』を使うこともありますね」
魔法きたーーー!!!魔法ならば何色にでも染められるのではないか?!私も色を染める魔法を使えるようになりたい!
この時の私はその『魔法』の正体が、前世で言うところの、コチニール色素と同じ物だとは知らなかった。世の中にはわからない方が幸せなことがある。
それにしても染色にも植物を使うとは植物万能だわ。彼からは色々ためになる話が聞けそうだな。将来的に生き延びる為のな!
「私、薬草が好きで、植物にも興味があるの。よかったら色々教えてくださる?」
「もちろん、喜んで」
屈託ない笑みを見せて、フェルナン君は頷いてくれた。これは、もしかして初めての友達ができたのではなかろうか。なんか照れる。嬉しい。第二の人生のアオハルだ。
そんな和やかな空気を引き裂く声がした。
「ちょっと!お姉様!」
今までにない剣幕で、私達にツカツカと近づいてきたのはルーナだった。そして私達が座るベンチの前に立つと、その口を塞ぎたくなるような言葉を発した。
「どこの馬の骨ともわからない、こんな平民の男と二人きりなんてダメじゃない!」
は?ちょっとルーナ、この子は何を言ってるの?一瞬頭が真っ白になる。そして次の瞬間私は叫んでいた。
「ルーナ!恥を知りなさい!」
この学院では身分によって分け隔てしないと教師が言っていたじゃないか。大体、平民とか貴族とかたまたま生まれた家の違いで差がつくのはおかしいと思う。何よりも私は前世平民だ!
私は立ち上がり、ルーナを睨みつけたが、彼女は私から目を逸らすと、憎々しげにフェルナン君に視線を送る。
「いいんだ、ルーナ様の言うとおりだよね」
いきなりそんなことを言われ傷つかないわけがない。顔を真っ赤にした少年は立ち上がると逃げるように去っていった。
私はフェルナン君を追いかけようと思ったが、一度立ち止まり、ルーナをみつめる。
「ルーナ、どうしてあんなことを言ったの?」
可愛い、可愛い妹だけれど、許せることと許せないことがある。これは許してはいけないことだ。言っていいことと悪いことがある。それを伝えないといけないと私は思った。
「わ、私、お姉様のためを思って言ったのに……」
ルーナの片目から涙が一滴零れ落ちた。
そして彼女はくるりと背を向けると泣きながら小走りに去っていった。
なんだか胸がギュッと痛んだ。私だってルーナのことを思ってるよ。
いやしかし、それよりもまずはフェルナン君に謝らなければ。
私は彼が向かった方向へ歩き始めた。
気になる点をいくつか修正しました。
内容に変わりはありません。
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矛盾点を見つけてしまい、そちらだけ修正しました。
まだ主人公は気がついていない存在が出ていたので削除しました。




