悪役令嬢と危険な眼力
学習棟のニ階にある教室に生徒達がぞろぞろと入っていく。ルーナと私もその後に続いた。
教室の作り自体は前世の学校と似ているが、室内の装飾や置かれている備品はそれよりも華やかな物だ。並んでいる机と椅子の脚が猫脚のようにカーブした形でかっちょいい。木製で硬いけど。
壁には黒板はないがどうやって授業をするのだろう。
教室に入ったクラスメイト達は皆それぞれ好きな席に腰掛け始めた。
私は目立たず何かあってもすぐ逃げ出せるよう、廊下側の一番後ろの脱出しやすい席を陣取った。ベストポジション、ゲットだぜ!
その隣にルーナが腰掛ける。
「ルーナ、アレス様のお隣とかあなたの好きな席でいいのよ?」
小声で囁くと、ルーナも囁き返した。
「お姉様の隣じゃだめ?」
だめじゃないですぅううう!!!はい、喜んでぇええええ!!!
「ルーナがそうしたいならいいのよ」
私がそう言うとルーナがにっこり微笑んだ。
教室を見渡すと、アレス様はイリスさんの隣、窓際の一番後ろに座っている。うん、授業中寝る気満々な気がする。
ひい、ふう、みい……、クラスメイトの数はたった20人だった。女子が8人、男子は12人。ほえ、少人数教育というやつかしら。
そんなことを考えていたら、大柄で人の良さそうな雰囲気の男性が教壇にたった。この人が担任教師のようだ。
「皆さん、王立魔法学院にご入学おめでとうございます。今日から卒業までここにいる仲間達と切磋琢磨していきましょう」
はい!生き残りをかけて切磋琢磨いたします!
「まずは学院の大切なルールを説明します。この学院の中には様々な身分の方がいます。しかしここでは身分によって分け隔てをしません。ここにいるのは皆同じように学びたいと意欲を持った方々です。お互い敬意を持って接しましょう」
はい!間違っても悪役令嬢にはなりません!
私が強く決意を固めたその時、一番前、ど真ん中の教師の目の前の席に座った女子がすっと手を上げた。
「何か質問ですか?ソフィアさん」
「先生、クラスメイトはこれで全員なのでしょうか?我が国の貴族の子女がこんなに少ないとは思えませんが」
うんうん!そう!私もそれ疑問だった。
「いつもの年はもっと沢山入学するのですがね。今年は留学する方々がなぜか多くてですね、まあそんな年もあるでしょう」
そう言いながらも教師の方が、何ででしょうね、と不思議そうな顔をしている。
「なんでもどこかの家の方が学院に圧力をかけた、なんて噂を耳にしたのですが?」
そう言い終えると彼女がくるりと後ろを振り向いた。
あれ?あれれ?目線がバッチリ合ったよ。真面目そうなお嬢さんだ。そしてめっちゃ私を睨んでる。怖い、石にされちゃいそうだ。
「そ、そういったことはですね、ないですね」
汗をかきながら教師が伝えるが彼女は納得していないようだ。
「本当ですか?王太子様の婚約者の方が、自分以外の人間が王太子様に近づかないように他の貴族に圧力をかけていた、なんて噂を聞きましたけど」
い……陰険眼鏡ーーー!!!
間違いない、あいつだ。ルーナ可愛さに父を惑わせ、宰相ビームで他貴族を忖度させて、その子女を無理矢理留学させたに違いない。絶対そうだ。貴族の皆様ごめんなさい。多分うちの馬鹿兄のせいです。
あいつめ、週末シめるべきか。
私が真剣に悩み始めた時、隣のルーナがすっと手を上げた。
「ルーナさん、どうしましたか?」
ルーナはにっこり微笑んで、椅子から立ち上がり話し始める。
「皆さんにお話しておきますわ。王太子アレス様と婚約しているのはリュシアではないんですの」
そう、ルーナが婚約者であるにも関わらず、真面目ちゃんが私、リュシアの方を見ていたのには理由がある。
私が4歳で婚約破棄という話は世間には伏せられているのだ。恥ずかしいからね。王太子と宰相家の娘が婚約をした、とだけ伝えられているようだ。幸い双子なこともあり、王宮の舞踏会でも王太子様と踊っているのは私だと思われていたようだ。私は逃走と迷子を満喫していたがな。
あ、王太子様も手を上げた。ちゃんと話を聞いていたんだな。
アレス様は教師が発言を許可するより前に勝手に立ち上がると、説明を始めた。
「皆に紹介しよう、私と婚約したのはここにいる我が愛しのルーナだ」
クラスメイト達が皆後ろを振り向き、ルーナに注目する。
王太子に改めて紹介され、ルーナが美しいお辞儀をする。するとクラスのほとんどの男子達は顔を赤らめ、女子達の中には羨ましそうな表情を見せるものもいる。
ふふーん、私の自慢の妹ですからね。
「アレス様、ご紹介ありがとうございます。皆様宜しくお願いします」
綺麗な笑みを浮かべたまま、アレス様を一瞬見上げ、今度はクラスメイト達の顔をゆっくりと見回した。
おお、男子達のため息が聞こえるぞ。うんうん、残念ながらライバルは王太子様だからな。うかつに手を出せまい。まあ手を出してきたら、まず私がシめるけど。
「はい、アレスさん、ルーナさん、説明をありがとうございました。着席してくださいね」
教師が汗をふきふき促した。王族とかいると緊張するだろうね。先生も大変だ。
アレス様は着席してもまだルーナに熱い視線を送っている。ルーナは困ったように微笑んだ。
はい、学院は勉強するところですよー。リア充爆発しろー。
いかん、これでは完全な悪役になってしまう。
王太子様が出てきたところで分が悪いと思ったのか、ソフィアさんはそれ以上何も言わなかった。そんな気まずい空気の中鳴り響いたのはお昼の鐘の音だった。




