悪役令嬢と入学式
どうして大抵の偉い人の話はつまらないのだろう。学院長先生のありがたいお話はつまらない上長かった。隣のルーナは澄ました顔のままだったが、私はちょっと眠りそうになった。
立派なシャンデリアが輝く大広間は前世のゲーム内で悪役令嬢こと私が婚約破棄の上、断罪される会場だ。そんな不吉な場所で入学式とは先行き不安である。
それにしてもこの世界でも入学式なんてものがあるのは面白いな。しかし眠い。学院長先生の話はまだ続いている。
大広間には木でできた長椅子の列が並んでいて、そこへ生徒達が腰掛けている。私達は列の真ん中辺りに座っている。目立たず埋もれる作戦だが、双子というだけで目立つのだろう。式が始まる前から、ちらちらと好奇の眼差しを感じた。
一番前にいるのは王太子アレス様だろう、あのさらさらの金髪は見覚えがある。その頭は一定の規則で揺れている。あいつ、寝てるぞ。一番前なのに勇気あるな。隣は彼の幼馴染みイリスさんだと思う。時々王太子様の肩を控え目に指でつついている。しかし彼が起きる気配はない。
私は列の端に座り、その隣にルーナがいる。ルーナの隣には、軽薄そうな感じの男子、その隣には彼と仲が良さそうな男子が座っている。いや、人を見た目で判断してはいけないけど。でも二人はヒソヒソ話をしていて、ちょっと感じが悪い。退屈なのはわかるけどさ。
私達の前の列にも後ろとさらにその後ろの席にも生徒達が座っている。これで新入生全員のようだ。
生徒数は前世の学校と比べてもかなり少ない。この国の貴族ってこんなに少ないのだろうか。でも1年前の王宮舞踏会ではもっといた気がする。そんなことを考えながら眠気を堪える。
学院長先生の長ーいお話がようやく終わった。教師に連れられ、私達は教室に移動することになった。硬い椅子だったからお尻が痛いよ。
「ルーナ」
並んで歩くルーナに声をかけてきたのはアレス様だった。
「アレス様、ご入学おめでとうございます」
ルーナが丁寧にお辞儀をすると、王太子様が遮るような仕草をした。
「学院の中では堅苦しくしないでほしい。ルーナ、制服とても似合っているよ」
「まあ、ありがとうございます。アレス様もお似合いですよ」
でしょーよ。まあルーナには制服もドレスもなんなら村娘の服だって似合うんだからな。さて、お邪魔虫は退散退さ……。
「リュシアも入学おめでとう」
は?え?ん?誰に話しかけたの?
キラキラした眩い笑顔をこちらに向けているが、この人どうしちゃったの?
アレス様とは今まで極力会わず、運悪くエンカウントしても挨拶して、即効逃げる位の距離感を取り続けていた。それでも彼から私への視線は4歳の頃から変わらない。冷たく、警戒心と敵意を剥き出しにするような、そんな視線だ。
ん?わかったぞ。あの笑顔は演技か。王族たるもの、腹の中を隠すのはお手の物ってやつか。おお、怖い。
「アリガトウゴザイマス」
動揺のあまり片言になってしまったわ。
「ルーナさん、リュシアさん、ご入学おめでとうございます」
イリスさんも爽やかな笑顔で話しかけてくれたよ。これはあれか、オマエのことはしっかり見張っているからな、という圧力なのか?
いやいやいや、彼らはまだゲームのヒロインちゃんとは出会っていない筈だ。だから私が将来的に悪役令嬢になる、かもしれない、ことを知らない筈だ。とはいえ、笑顔の裏で何を考えているのかわからないのが、怖い。
「イリスさん、ありがとうございます」
「ゴテイネイニ、アリガトウゴザイマス」
怖い、怖すぎる。極力彼らとは距離を取ろうと改めて決意した瞬間だった。




