旅立ち(ミラ)3
この国の王立魔法学院で学ぶのは主に魔法についてでミラの一番学びたいことではない。それでも村にいるよりは遥かに環境が整っている。どんなことでも学べるのならばとミラはこの学院にやって来たのだ。
入寮して学院が始まるまでは村とは違う新しい生活へ期待が高まった。
そして初日にその期待は消えた。
くだらない痴情のもつれで学びの機会を奪う貴族、限りある時間を邪魔する貴族、鼻持ちならない貴族。こんなところにいて何になるとミラは学院を飛び出した。
考えなしの行動を後悔したのは辺りが暗くなった頃だった。王都は治安がいいと聞いていたのに、目の前に立ちはだかる男達はなんなのだろうか。
「よお、お嬢ちゃん。こんな遅くに学院の生徒がお出かけかい?」
「ちびっこじゃねえかよ。お兄さんが奢ってやるから来いよ」
「楽しい夜を過ごそうぜ」
下卑た笑みを浮かべ声をかけてきたので逃げようしたが振り向けば後ろにも男がいた。
「おおっと、オジちゃんの方が好みかな?」
「ぎゃはは、みんなで仲良く遊びましょうね」
馬鹿にするような物言いにミラはムッとする。持っている本で殴れば逃げられるだろうか。屈強そうな見た目に怯みながらもミラは考えを巡らせた。
それから。
「ミラちゃん、ミラちゃんってば」
「……あれ?ロザリー」
いつの間にかミラは眠っていたようだ。
ここは馬車の中、ロザリーと二人であえてゆっくりと馬車を走らせ王国を旅するように移動している。馬車は魔法の効果で振動が少なく、心地よい揺れが眠りを誘ったようだ。
今でもたまにあの日の夢を見る。初日学院を飛び出した後のことを。怖い思いをした筈なのにあの後のことを何一つ覚えていないのだ。
気がついたら夜が明けていて学院の門の中に立っていた。男たちに何かされたようでもなく、学院を出た時と同じ制服のまま立っていた。慌てて女子寮に走ったことは今でも昨日のことのように覚えている。
あの日からミラは決意した。絶対に自分は負けないと。発明家として職人として生きていくため学べることは何でも学ぼうと。
それから学院では勉強に力を入れた。魔法の授業は勿論、図書館の本も心惹かれるものばかりで夢中になった。特に村では絶対に読めない隣国の本が読めるのはためになった。教師に質問すれば熱心に教えて貰えるのも嬉しかった。
けれども学べば学ぶほど家業の技術のことをもっと学びたいと思うようになった。それでもこの国は魔法に特化しているから仕方がないと諦めていた。
「ミラ君、これどうかな?」
教師の差し出す紙を見てミラは目を大きくした。
二年目のある日突如呼び出された図書準備室。座るように言われた椅子の前には無造作に積み上げられた本が並ぶテーブルがあった。その僅かに空いたスペースにふわふわ飛んできたカップが置かれる。薬草茶の甘い香りに頬を緩めていると教師メルキュールが紙を差し出した。この教師は担任ではなく、医務室にいたり図書館棟にいるかと思えば薬草園にもいる謎の男だ。
受け取った紙を見ると、隣国の文字で「交換留学生 募集」とある。
「これって隣国の学校に行けるってことですか?」
農業、産業、工学、技術、魔法以外のあらゆることがこの国より長けている隣国、ミラの憧れの国だ。ミラの兄弟もいつかは行ってみたいと言っていたが領主の息子ならいざ知らず庶民には土台無理な話である。でも今目の前にそのチャンスがあるのだ。
「ミラ君、興味ありそうだなってクマ先生と話していたんだよ」
クマ先生とは大柄な担任教師のことだろう、吹き出しかけたお茶を咽つつ飲み干しミラは涙目になった。それから。
「行きたいです。絶対に私、行きます」
「はいはい、じゃ三年目から行けるから準備してね。でも二年最後の試験でも結果出してね。あとおうちの許可も貰ってね」
「はい!」
良い返事を返したもののミラは家に伝えるつもりはなかった。言ってもどうせ反対されるだけだと彼女は思ったのだ。




