悪役令嬢は復習する
王立魔法学院に入学することが決まってしまった。
あー、馬鹿馬鹿、私の馬鹿!しかし妹ちゃんと学院生活が送れるのは嬉しいなぁ、デヘヘ。いやいや、自分、現実を見て!
魔法学院に通うということは、ゲームのヒロインと関わる可能性が生まれる。それに学院には王太子様も入学するし、彼の幼馴染の騎士もやってくる。
断罪、ダメ、ゼッタイ!
これは本腰を入れてゲームの内容を思い出さないといけない。そしてヒロインちゃんとその仲間たちと絶対に関わってはいけない!
私は机に向かい、紙に覚えていることを書き出し始めた。
まずヒロインちゃんの攻略対象を思い出す。
王太子のアレス様。
彼には妹ちゃんがいるから大丈夫だろう。妹ちゃんを泣かせたら、私が断罪しちゃうゾ。
騎士のイリスさん。
この人は幼い頃からアレス様と仲良しで、ゆくゆくは王太子付きの騎士になるのだ。妹ちゃんが王宮で会ったことがあるのも多分この人だ。
商人の息子のヴェネレさん。
確か元々平民だったけど、親御さんが貴族と結婚してるんだよね。だから今はお貴族様。隣国の珍しい品を扱っていて繁盛してるみたい。
それから、隣国の第二王子ラメール様。
学院が始まって何年かしたら転校生としてお忍びでやって来るのだ。隣国にはこの国にはない海があるのだ。
いいな、海。やはり留学すればよかったかな。
妹ちゃんに可愛い水着を着せて……。おっと、この世界の淑女は露出なんていたしませんのよ。
「俺のルーナにふしだらな服を着せるな!」、と怒るアレス様を思い浮かべ、ウププと笑ってしまった。
あとの攻略対象は、と。
お、そういえば我が兄も対象だったな。屋敷にいると陰険な姿か妹ちゃんにデレデレな姿しか見られないけど、奴も攻略対象だったわ。すっかり忘れてた。
兄ルミナス、と書き留める。
彼はやがて成長し、暴走しがちな王族を影から支え、いや正確には巧みに操り、敵国にも笑顔の下で狡猾に牙を剥く、陰険眼鏡なキャラクターだ。
おお怖い。説明に多少私情が入っているのは気のせいだ。
攻略対象にはあと一人いた。あれ、誰だっけ?
確か、全攻略対象をクリアした後に出てくる隠しキャラクターだ。まあ学院に入学したら嫌でも目に入るだろう。
でも、できればどなたともお近づきになりたくない。私は平穏無事な学院生活を送りたい。
それから肝心のゲームの内容はこうだ。
この世界に時々闇の力が溢れ、その力を統べるいわゆる魔王みたいな悪の存在がいる。そいつはいつ何時現れるかはわからない。しかし、どこからともなくやってくるのだ。
するとそれに呼応するように聖女の力を持つ守護の存在が生まれる。
で、それがヒロインちゃんなのだ。
ヒロインは11歳の時、第二の奇跡とその後呼ばれる奇跡をおこす。その時、彼女は聖女の力を真っ昼間の町中で発動させてしまう。
そのすごい力をお忍びで来ていたアレス様と騎士イリスさんが目撃し、ユー、魔法育てちゃいなよ!と魔法学院に誘うのだ。
平民の彼女は1年準備をし、2年目から学院に通い始めるのだ。
あとはお決まりのパターンで、ヒロインは学院生活をエンジョイしつつ、攻略対象と仲を深めていき、襲い来る闇の力も聖女のパワーでえんやこら!最後は卒業パーティーで推し攻略対象とハッピーエンドを迎えるのだ。めでたしめでたしー。
うん、肝心なところが抜けている。
ヒロインちゃんにとってめでたくないことに、学院には王太子の婚約者である悪役令嬢がいる。そう、私だ。婚約者じゃないけど。
悪役令嬢は、可愛くて健気なヒロインちゃんを毛嫌いし、憎み、孤立させようとアレコレ企むのだ。最初はイジメ、嫌がらせだったのが、最後には人に襲わせたりしてヒロインちゃんの命を脅かすような真っ黒黒なことをやっちゃうのだ。
イジメ、犯罪、ダメ、ゼッタイ!
そんなことするから王太子にもやべえ奴だと思われるんだゾ。いや、私のことだが。
勿論、王太子以外の他の攻略対象達も悪役令嬢が真っ黒黒幕であることに気がつき、ヒロインちゃんを守ろうとするのだ。
そして学院の卒業パーティーが始まる直前、大広間のシャンデリア輝くその下で、悪役令嬢リュシアは断罪されてしまうのだ。
ぎゃーーー。だめだめ断罪されちゃだめ!
断罪、ダメ、ゼッタイ!
なんて恐ろしいゲームなのだ。ぷるぷる震える手でヒロインちゃんの攻略対象者の名前の下に聖女、闇の力、と書き加えた。
ところで闇の力って何だっけ?思い出せない。でもとっても嫌な予感がする。うん、ヤバい予感がする。この流れはアレだ。
もしかして、闇の力を持ってるの、私?
突如頭の中に、前世で見た映画、某スペースオペラの真っ黒卿のあのテーマ曲が頭に響く。私、闇堕ちしちゃうの?
悪役令嬢は闇の存在で、ダークパワーでヒロインちゃんをヤってしまいそうになるけど、実はヒロインちゃんは私の娘で聖女パワーで闇を浄化して……。
そんな止まらない妄想の終止符を打ったのは妹ちゃんの声だった。
「おねえちゃまったら、変な顔をしてどうしたの?」
ふお!びっくりした!いつの間にか背後に妹ちゃんがいた。私がブツブツ独り言を呟きながら書物をしているのを見られてしまったかな?
振り返ると、妹ちゃんは私を興味深げに眺めている。
「お勉強していたの?」
はい、生存戦略のお勉強をちょっと、とは言えない。そーっと、書いていた紙の上に図鑑を載せてごまかしてみる。
「チョット、勉強シテタダケヨ。ルーナはなにかご用かしら」
「あのね、料理長がおねえちゃまの薬草を分けてほしいのですって」
妹ちゃんがにっこり微笑み、伝言を教えてくれた。
「わかったわ。ついでにお手入れもしてこようかしら」
私がそう告げると妹ちゃんは、いってらっしゃいと言うように手をひらひら振った。
私が作った薬草園はなかなか順調に育っている。特にさわやかな香りのするハーブはすくすく成長して、摘んでも摘んでもなくならない。あの香り、前世のミントだと思うのよね。私もしかして園芸の才能があるんじゃなかろうか。将来は農家ってのも楽しそうだわ。
料理長のところへ行き、どのハーブが欲しいか尋ねると、ちょっと独特な癖のある香りのするハーブが欲しいと言われた。アレか。
なんでも妹ちゃんからおねえちゃまの薬草を使った料理じゃなきゃイヤ!、と言われたらしい。さっき会った時にはそんなこと一言も言ってなかったのに。もう照れ屋さんなのだから。
私は庭園に出て、薬草園からハーブをワシャワシャ摘み取った。妹ちゃんに沢山食べて貰おう。ついでにミントもどきも収穫する。この子達は本当によく育つな。いい子いい子。思わず薬草たちに話しかけてしまう。
夕食の時間がやってきた。
サラダの中に私の育てた葉っぱが沢山入っている。前世で一時期ブームになった、パクチーそっくりのハーブだ。パクチーもどきと呼ぼう。
この独特の香りが癖になるのよね。
私がモシャモシャ味わっていると、隣の妹ちゃんの様子がおかしい。なんだか今にも泣き出しそうな顔をしている。ほっぺたはサラダを頬張っているからかプクプクなのに、その膨らみはいっこうに小さくならない。
でもこの薬草を料理に使うのは妹ちゃんのリクエストだしな。あ、もしかしてお姉ちゃんの作った薬草に感動しちゃったのかな?時間をかけて味わって食べてくれているのね、きっと。
ちなみにメインディッシュはお肉の煮込み料理でこちらにもパクチーもどきがたっぷり使われている。妹ちゃんはいつも肉料理をペロリと平らげるのだが、今日に限って、お腹いっぱいだからいい、と残してしまった。
あとでお腹空かないかな?夜食に持っていってあげようかしら。
夕食を終えて、私はゲーム攻略、いや、人生設計の続きをしようと机に向かった。
ところが机の上にあの紙がない。
あれれ?、どこかに落としたかしら。図鑑の間に挟まっているかなと捲ってみたが、出てこない。
むむむ。もしかして黒ヤギさんが食べちゃったのかしら?いや、まさか。
そんな冗談はさておき、私はもう一度紙に情報を書き直し始めた。
来たるべき学院生活の平穏を願うのだ。神様、仏様、聖女さ……あ、浄化されちゃう。
誤字を修正しました。




