09 ふたりのサラブレッド
次の日。
シーツが作ってくれたオムライス弁当を持って、わたしは登城した。
すると、まわりの令嬢や令息たちがわたしを見る目が、昨日より少し違っていることに気付く。
昨日までは、いじめればいじめるほど自分が幸せになる、やられキャラの疫病神みたいな扱いだったのに……。
今日は、足を引っかけたり紅茶をぶっかけてくるような者は、ひとりとしていなかった。
理由はよくわからなかったけど、いいことだと思う。
さっそく今日も、『執務』に励もうと思ったんだけど……。
『アクヤさん、権天級のご令息がお呼びです。至急、第三権天執務室に起こしください』
魔法の伝声技術を使った城内放送で、呼び出しを受けた。
権天級の令息が、わたしを呼んでいる……?
それで昨日の出来事と、ある台詞が頭をかすめた。
「た……たたっ、助かった! アクヤ……いや、アクヤさんの機転のおかげで、俺は失態を犯さずにすんだ! このお返しは、いいっ、いつか必ずさせてもらう!」
たぶんわたしを呼び出しているのは、フルスウィング様だろう。
さっそく昨日のお返しをしてくれるのかなと、期待して『第三権天執務室』に足を運ぶ。
ちなみになんだけど、『神族』に執務室が与えられるようになるのは権天級から。
小天級と大天級には無い。
そして執務室といっても、かなり上位の神族でなければ個室は与えられない。
権天級程度は個室どころか、たくさんの机と椅子が並べられた共有スペースとなる。
今風に言うなら『フリーアドレス』というやつだろうか。
『第三権天執務室』を尋ねると、広いスペースのなかに、大勢の令嬢や令息たちがいた。
群島のように並ぶ机のなかで、彼らは思い思いの場所に陣取り、書き仕事やディスカッションなどをしている。
さて、フルスウィング様はどちらに……。
と思って探していたら、ぜんぜん違う人から声をかけられた。
「おーい、お嬢ちゃん、こっちこっち」
声のしたほうを見ると、そこには……。
長い髪をかきあげる、飄々とした感じの令息がいた。
彼は、ダンディライオンJr.……。
高位の豪商である父親を持つ、サラブレッドである。
風みたいにサラサラの長髪に、ちょっと遊んでいそうな顔立ち。
性格も雰囲気も飄々としていて、これまた風みたいにつかみ所がない。
服装は流浪の商人みたいにラフな格好。
でも貧相な感じになっていないのは、さすがはいい所の令息といった所。
彼は机の上に座っていたんだけど、その机の椅子にはもうひとりの令息がいた。
むっつりした表情の彼は、ベイビーコーン。
彼もまた、高位のコックの父親を持つサラブレッドだ。
お坊ちゃまみたいに切りそろえられた黒髪に、つねに不機嫌そうな表情を貼り付かせている。
服装はもちろんコック服だ。洗い立てのようにシミひとつないのが、彼の神経質さを物語っているかのようだった。
--------------------神族の階級(♀:令嬢 ♂:令息)
●御神級
●準神級
●熾天級
●智天級
●座天級
●主天級
●力天級
●能天級
●権天級
New:♂ダンディライオンJr.
New:♂ベイビーコーン
♂フルスウィング
●大天級
●小天級
♀アクヤ・クレイ
♀エリーチェ・ペコー
○堕天
--------------------
まさか、わたしを呼び出したのは、このふたり……?
でも、なんのために……?
彼らに近づいていくと、ダンディライオンJr.様がフレンドリーに迎えてくれた。
「いやぁ、アクヤちゃん、昨日の活躍を聞いたよ! 八百屋で衛兵たちをやり込めたんだって?」
それでわたしは、登城したときのまわりの視線が違っていた理由に気付く。
そんなことよりも、ダンディライオンJr.様は、『イケメンパリピ』という形容がしっくり来る、明るい雰囲気の男性だ。
現実では雲の上のような存在にグイグイ来られて、わたしは思わず敬語になりかけてしまう。
「あっ、もうご存じなんですね……。なのですわね」
「うん、だってさぁ、あの八百屋、僕がオーナーなんだよ。店の子たち、あのアクヤちゃんに助けられたって、すっごく驚いてたよ!」
城下町に店を構えている『神族』は珍しくない。
店の経営も『執務』のひとつだからだ。
商人として名を馳せている『神族』も大勢いるのだが、そのうちのひとりが、彼の父親であるダンディライオン様なんだ。
「僕からもお礼を言わせてもらいたくってさぁ、こうして来てもらったってワケ! ありがとうね!」
屈託のない笑顔を向けられて、わたしは思わず後ずさりしそうになってしまった。
そして改めて、『ミリプリ』の世界にいることを思い知らされる。
スマホごしの画面では百戦錬磨だったわたしだが、VRなんて比較にならないリアリティで、こんなイケメンに笑いかけられるなんて……。
や……やばいっ!
わたしはドキドキのあまり、胸痛のように胸を押えてしまう。
しかしそのトキメキに、ほどよいカンジで水を差してくれたのは、
「気に入らん……!」
眉間にシワを寄せた、ベイビーコーン様……!
彼は、巨人を前にした人類最強の兵士のように、むっつりした表情で……。
机の上にある深めのサラダボウルを睨みつけていた。
なにが気に入らないのかは知らないけど、とにかく近寄りがたいオーラをぷんぷんに漂わせているベイビーコン様。
しかしダンディライオンJr.様は、おかまいなしに絡んでいく。
「ああ、気に入ってくれたみたいだねぇ、ベイビーちゃん!」
「その呼び方は、やめろ」
「でもさぁ、そのアクヤちゃんサラダ、うまいっしょ?」
……『アクヤちゃんサラダ』?
いまなにか、聞き捨てならない一言が……。
わたしはおそるおそるベイビーコーン様に近寄って、サラダボウルを覗き込んでみた。
すると、そこには……。
わたしが昨日、八百屋で作った、あのサラダが……!
「うちの子たちはこうも言ってたんだよねぇ、アクヤちゃんが作ってくれたトマトを使ったサラダが、それはもう、うまかったって! それで思ったワケ、これはぜひともベイビーちゃんに食べさせきゃ、って!」
なにがおかしいのか、ダンディライオンJr.様はケラケラと笑っている。
でもベイビーコーン様はさっき、「気に入らない」ってバッサリだったけど……。
わたしの表情から考えを読み取ったのか、ダンディライオンJr.様はフォローするように言った。
「おっとアクヤちゃん、ベイビーちゃんは『気に入らん』が口癖なんだよ! でもこの『気に入らん』はいい気に入らんだから安心して! で、ベイビーちゃんはなにが気に入らないのかなぁ?」
するとベイビーコーン様は、クッと下唇を噛むと、
「このサラダを作ったのが、俺じゃないからだ……!」
恨み言のような言葉を、唇の端から漏らしていた。
「本来は観葉植物であるトマトを、食べるという発想……! しかもグロテスクさもいとわず、切ったままという大胆な挑戦……! それでいて手軽で、これほどまでに美味とは……!」
手にしていた木製のフォークに力を込めるあまり、ボキッ! とへし折れてしまう。
どうやら、本当に悔しかったようだ。
素直じゃないベイビーコーン様がなんだか可愛くて、わたしは思わず吹き出しそうになったけど……。
笑ったら怒られると思い、お尻をつねって必死にこらえた。