07 トマトは食べ物
わたしは食材の買い出しに来て、行きがかり上、トマトを食べることになってしまった。
でも丸かじりは令嬢っぽくないので、せめて切り分けるくらいのことはしよう。
その第一手順は、やっぱり肝心のトマトの調達。
この世界のトマトは鑑賞用なので、鉢植えに鈴なりになった状態で売られている。
その中からよく熟れていそうなトマトを選んでもぎ取った。
そして、八百屋の軒先にある調理台に立つ。
これは、果物や野菜をお客さんに味見させるための、簡易な調理台だ。
そこにある包丁とまな板を使ってトマトを切ると、それだけで「うげぇ」と悲鳴が聞こえてきた。
トマトって赤いし、断面とかが内臓みたいでグロテスクだもんね。
毒物だと思われているなら尚更かな、なんて思ってたんだけど、
「あのアクヤ・クレイ嬢様が、人を刺す用途以外で、包丁を握っている……!」
「アクヤ・クレイ嬢様って、料理ができたんだ……!」
「夜な夜な、人の肉を喰らっているらしいぞ……!」
みんなはむしろ、わたしのほうを嫌悪しているようだった。
ありもしないことを好き勝手に言われてちょっと腹が立ったけど、我慢して調理を続ける。
サイの目に切り分けたトマト。
それだけじゃ味気ないので、塩を振ってみる。オリーブオイルもあったので、それも足した。
こうなると、味にパンチも欲しくなる。
八百屋にあったニンニクも拝借して、すりおりしてさらに加えた。
こうなると彩りも欲しくなってきたので、八百屋にあったバジルも散らして……。
最後に器に盛れば、完成っ……!
「できましたわ! トマトとバジルの簡単サラダ!」
これはわたしの一押しのトマト料理だ。
簡単に作れるうえに、とっても美味しい。
ただ単にトマトを食べればいいだけだったんだけど、せっかくだからと思って作っちゃった。
ポカンと口を開けたまま唖然としている、衛兵や八百屋のおじさん、ヤジ馬をよそに、わたしはさっそくいただく。
毒といわれているトマトを、わたしがためらいもせずにムシャムシャいったので、彼らの口は開いたまま塞がらなくなってしまった。
「……う……嘘、だろ……!?」
「トマトを食べるだなんて……!?」
「それも、あんなにおいしそうに……!?」
想像以上の良い出来だったので、わたしは衛兵たちにも勧めてみた。
「おいしいですわよ。あなたたちも、召し上がってごらんなさい」
すると彼らはヒソヒソ話をしたあと、なぜか八百屋のおじさんを突き出してくる。
どうやら彼を毒味役にしようとしているらしい。
八百屋のおじさんは衛兵たちに脅されでもしたのか、すごく嫌そうにしていたけど、清水の舞台から飛び降りるような覚悟を持って、わたしのサラダをぱくりとひと口。
噛まずに飲みこむみたいにして、ゴクリと喉を鳴らした次の瞬間、
「おっ……おいしいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
信じられないように目を白黒させながら、通りじゅうに響き渡るような大絶叫を轟かせた。
そして無我夢中になって、トマトを貪りはじめる。
「こっ……! こんなにトマトが美味しいだなんて、知らなかった! 知らなかったぁぁぁぁ!! と、止まらん! どうにも止まらぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーんっ!!」
すると、ごくりと喉を鳴らした衛兵たちが、八百屋のおじさんを押しのけるようにして、次々にトマトサラダに手を突っ込んできた。
あとは、絶叫のハーモニー。
「おっ……おいしいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
彼らは腹ペコの犬みたいに、奪い合うようにしてあっという間にわたしのサラダを平らげた。
最後はみんなで顔を突っ込んで、皿まで舐めはじめる始末。
わたしは衛兵たちがひと心地つくのを待ったあと、
「これで、トマトは食べられるというのが、わかっていただけましたわね?」
すると彼らは、急に顔を赤くしてモジモジしはじめた。
たぶん公衆の面前でやり込められたのが、今になって恥ずかしくなったんだろう。
「そ……そうですね。たしかにアクヤ・クレイ嬢様のおっしゃる通りでした。八百屋への処罰はナシにいたします。では我々は、これでにて……」
そそくさと立ち去ろうとする衛兵たち。
でもまだわたしのターンは終わっていない。
「お待ちなさいっ!」
「……えっ? まだ、なにかあるのですか?」
「まだ、こちらの八百屋のご主人への謝罪がすんでおりませんことよ」
すると衛兵たちは、「ぐっ……!」と歯噛みをする。
わたしが「早く!」と一喝すると、彼らは八百屋のおじさんに向かって、軽く手を挙げて言った。
「お……おい、悪かったな、こ、これからは気をつけるんだぞ!」
「そんなのは謝罪とはいいませんわ。もっときちんと謝るのです。ご主人の前で一列になって、頭を下げるのです。さぁ、早くなさい!」
すると衛兵たちは、「ぐぎぎ……!」と苦悶の表情を浮かべながらも、わたしの言葉に従った。
彼らは歯を食いしばりながら、ギリギリと謝罪の言葉を絞り出す。
「ぐぐっ……! や、八百屋のご主人……! す……すみませんでした……!」
「うむ。よろしい。でも、あなたたちのすべきことは、すんでおりませんことよ」
「なっ!? ま、まだ……! まだ何かあるというのですかっ!?」
「当然でしょう。肝心のことをお忘れでなくて? 取り過ぎた税金の、返還手続きが残っておりますわよ」
「へ……返還っ!?」
「だってそうでしょう。トマトは食べられるというのが証明されたのだから、この八百屋のご主人は税金を払いすぎていたことになりますわ。それを過去のぶんまで遡って、お返しするのです」
「そ……! そんなぁ!? 過去に払ったぶんまでとなると、とんでもない額になってしまいます!」
「あら、変ですわね。あなた方は先ほどまで、それと同じことを八百屋のご主人にしようとしていたではありませんか」
これは、ちょっとした意地悪のつもりだった。
これで、反省してもらえればよかったんだけど……。
衛兵のひとりがわたしの側まで寄ってきて、まわりから見えないように、そっとあるものを差し出したんだ。
「アクヤ・クレイ嬢様、今日のところは、このくらいで勘弁してください……!」
それは、ひと握りの金貨……!
それで、わたしは本気になってしまった。
……バァァァァァーーーーーーーーーンッ!!
衛兵の手を払いのけた拍子に、金貨は宙を舞う。
鈍い黄金の光を、あたりに撒き散らしながら……!
「このわたくしを買収しようなど、十輪廻ほど早いのですわっ! わたくしに払うお金があるのでしたら、こちらのご主人に賠償なさいっ! あなたたちのような、強者に媚びて弱者を挫く人間がいるから、この世界は一向に良くならないのですわっ!」
それからわたしは怒りに任せて、本当に税金を返還させた。
八百屋のおじさんが付けていた過去の帳簿をもとに、トマトの税率を『火を通さないで食べられるもの』で再計算させる。
衛兵たちの持ち合わせがなかったので、衛兵詰所にある金庫から、金貨の入った袋を持ってこさせた。
その袋をまるごと受け取った八百屋のおじさんは、ただただ困惑するばかり。
衛兵たちは「おぼえてろよ」みたいな顔をおじさんに向けていたので、いちおう釘を刺しておく。
「もし今回の事がキッカケで、こちらの八百屋のご主人に違う形で嫌がらせをすることがあったら……。わたくしは絶対に許しませんことよ。その時は、このアクヤ・クレイが、十倍にしてあなたたちに返してさしあげますので、覚悟なさいっ!」
クワッ! と吠えかかると、衛兵たちは「ひいっ!?」と情けない悲鳴とともに逃げ帰っていった。