24 ラスト・キャンキャン
わたしのアクヤ・クレイとしての初めての討伐執務は、こうして幕を閉じた。
盗賊団『バッドリゾート』の面々は自首をして、法の裁きを受ける。
そして下されたのは、彼らが犯した盗賊行為において、現時点で判明している損害額に、被害者への慰謝料を上乗せした金額を支払う。
それができなければ、懲役20年。
バッドリゾートは組織のポリシーとして殺人などはしていなかったのだが、かつて世を騒がせた盗賊団だということで、重めの判決となった。
支払う金額は2億¥で、リアルで換算するところの2億円。
もちろん彼らには払えるはずもないので、わたしが身元引受人を申し出た。
神族は罪人を更生させるという名目で、その身元を引き受けることができる。
といっても罪はチャラになるわけではなくて、判決で下されたお金は払わないといけない。
また引き受けた罪人が新たに罪を犯したら、引受人の管理責任を問われることとなってしまう。
良いことなんて何ひとつないので、普通の神族は身元引受人になることはない。
でもわたしは彼らを雇うと宣言したから、その約束を守るために彼らを引き受けた。
おかげで一気に2億¥もの借金を背負ってしまった、マイナス令嬢に……!
しかしマイナス令嬢になったのはわたしだけではない。
今回の仕掛け人であるスピッツも、わたしほどではないが借金令嬢となっていた。
彼女はわたしを陥れるための仕掛けのために、家財を売り払うだけではたりず、あちこちからお金を借りまくっていたらしい。
また先の裁判では、彼女が反社会的組織である『バッドリゾート』に金を払ったことが明るみに出てしまう。
しかもその理由が「神族を陥れるため」というのが、その後の『評定会議』で大きな問題となった。
ダブルパンチともいえる要因に、本来ならば2ランクダウンでもおかしくないのだが……。
彼女に下された『神事』は、1ランクダウンであった。
スピッツはわたしと同じ大天級から、サダオと同じ小天級に……!
彼女が1ランクダウンですんでいたのは、とある理由があった。
ヤツはなんと、
「きゃんきゃんっ! スピッツはアクヤさんに2億¥の借金を背負わせるばかりか、『バッドリゾート』という爆弾を押しつけるのに成功しました! これもぜんぶスピッツの狙いどおりだったんですよぉ!」
てな感じで、わたしのことを良く思っていない、神族上層部にアピールしていたらしい。
転んでもタダでは起きない女というのは、彼女のような人間のことを言うのだろう。
スピッツはお得意の口八丁で、崖っぷちギリギリで踏みとどまったかに見えた。
しかしその崖はどうやらヒビが入っていて、崩れるのは時間の問題の崖でもあったようだ。
彼女は降格早々にゲッツェラント城内で、わたしの悪口を吹聴してまわっていたらしい。
「きゃんきゃんっ! 聞いて聞いて! スピッツの降格はぜんぶアクヤさんのせいだったの! アクヤさんは『バッドリゾート』をずっと影で操っていたんだけど、潮時だと思ってスピッツに罪をなすりつけたんだよ! ねぇ、アクヤさんってひどいと思わない!?」
いつもであれば、歩くスピーカーである彼女が通れば、噂好きの神族たちが集まってきていたのだが……。
「そうなんだ。それじゃ」
「いま忙しいかあらあとでね」
「ふーん、よかったね」
誰もが反発する磁石のように、彼女の元を離れていったという。
それどころか、彼女をたしなめる者まで現れたはじめた。
「スピッツさん、そうやって人の噂ばっかりするのはよくないよ!」
「陰口をたたくなんて、最低だなぁ!」
「あなたの言うことはすべてデマだってわかったから、もう近づかないでくれる?」
この恐るべき手のひら返しの裏には、ハーフストローク様がいた。
ハーフストローク様は付き合っている女の子たち全てに、スピッツをハブるように指示したらしい。
いくらスピッツがスピーカーと呼ばれるほどに声の大きくても、さすがに複数相手には敵わない。
いままでは噂の瓦版をばらまいていたはずの彼女は、今や周囲のヒソヒソ話の対象になってしまった。
「スピッツさんってあんな人なつっこいフリをしてるけど、かなりの腹黒らしいよ!」
「知ってる! 神族の仲を取り持つフリをして、令息を横取りしちゃうんでしょ!?」
「私も聞いた! 人なつっこい仔犬みたいに尻尾を振って近づいてくるクセに、最低だよねぇ!」
いままで自分がやってきたことを、やり返されたような仕打ち。
この噂を聞いたとき、わたしは討伐執務でのハーフストローク様の言葉を思いだしていた。
『キミのような女の子の相手をできるのは、たぶん僕だけだと思うよ。僕はこれまで、ずっと力半分だったけど……ひさしぶりに全力でやってみたくなったよ』
これがハーフストローク様の、全力……!
真っ向勝負のフルスゥイング様と違って、なんと恐ろしいやり方なんだろう……!
ハブられ攻撃にとうとう耐えきれなくなったスピッツ。
ゲッツェラント城内では連日、狂ったように泣き叫び、暴れる彼女の姿が目撃されたという。
「ぎゃいいーーーーーんっ!! なんで、なんでスピッツの話をみんな聞いてくれないの!? なんで、なんでスピッツのことを悪く言うの!? 悪いのはスピッツじゃない! アクヤさんなのに! 今頃はアクヤさんの悪い噂でもちきりのはずだったのにぃ!? なんでなんでなんでっ!? なんでよぉぉぉぉぉぉーーーーっ!? うぎゃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
彼女は執務もまともにこなせなくなり、そうなると借金も返せなくなってさらに悪循環を生む。
とうとう次の『評定会議』では、さらなるランクダウンを言い渡された。
すなわち、『堕天』っ……!
--------------------神族の階級(♀:令嬢 ♂:令息)
●御神級
●準神級
●熾天級
●智天級
●座天級
●主天級
●力天級
●能天級
●権天級
♂ハーフストローク
♂ダンディライオンJr.
♂ベイビーコーン
♂フルスウィング
●大天級
♀アクヤ・クレイ
●小天級
♂サダオ
○堕天
↓降格:♀スピッツ・キャンキャン
♀エリーチェ・ペコー
--------------------
お城から追い出された彼女は、多額の借金を抱えたまま、どこかに失踪。
その後の彼女がなにをしているかは定かではないという。
田舎に逃げ帰ったという噂や、城下町のゴミ捨て場でエリーチェとゴミにまみれながら掴み合いのケンカをしていたという噂もあるんだけど……。
わたしにとってはもう、正直どうでも良かった。




