22 バッドリゾート
オールドッグをはじめとする『バッドリゾート』のメンバーは、わたしにニヤニヤと下卑た笑みを向けていた。
「この洞窟に神族たちをおびき寄せ、油断したところをまとめて捕らえるとは、さすがアクヤ・クレイ嬢様!」
「きっとあの神族たちは、アクヤ・クレイ嬢様のことをずっと味方だと思って、ここまでノコノコと付いてきたんでしょう?」
「見てください! まんまと罠にかかった神族どもを! まさかアクヤ・クレイ嬢様が、俺たち『バッドリゾート』を影で操るボスだなんて、まったく気付かなかったような顔をしてますぜ!」
檻の中のフルスゥイング様と、わたしの後ろにいるサダオは、信じられない様子で唖然としている。
「う、嘘、だろ……? アクヤさんが、俺たちを罠に嵌めるだなんて……」
「う、嘘、ですよね……? ああっ、アクヤ・クレイ嬢様は、そそっ、そんな事ををするお人ではないですよね……?」
ハーフストローク様は無言で、アゴに手を当ててなにやら思案していた。
そして肝心の、スピッツはというと……。
「きゃんきゃーんっ!? アクヤさんってば、『バッドリゾート』のボスだったんだぁ!? 令嬢なのに盗賊団のボスだったなんてぇ! しかもスピッツたちを騙してこんな目に遭わせるだなんて! ひどいひどい、ひどいよぉ!」
鬼の首を乱獲したようなドヤ顔なのに、声はわざとらしいほどに悲痛。
そのうすら寒い演技のおかげで、わたしはだいぶ冷静になれた。
なるほど。これこそがスピッツにとって、わたしに飲ませたかった『毒』なのか。
そのへんの山賊じゃなく、わざわざ『バッドリゾート』を雇うだなんて手が込んでる。
『ミリプリ』では反社会勢力と繋がることもできるんだけど、かつて名のあった『バッドリゾート』は、特に動かすのが難しい連中だ。
きっと、とんでもない額のお金を払って協力してもらっているに違いない。
そりゃ、本来なら絶対に下げたくない頭をわたしに下げるわけだよ。
わたしをこの洞窟の最深部まで連れてこられなければ、払ったお金は返ってこない。
しかしわたしをここまで連れてくることができたら、与えられるダメージは莫大となる。
わたしが『バッドリゾート』を裏で操っているボスで、しかも神族たちを罠にかけて捕らえたなんて事実が明るみに出たら……。
わたしは間違いなく2ランクダウンさせられて、堕天……!
このわたしを良く思っていない令息や令嬢は、それこそ上層部にはごまんといる。
スピッツがわたしを堕天させるための旗振りをしたとあれば、その人たちは彼女を高く評価することだろう。
きっと2ランク昇格は間違いない。
そうなれば払ったお金なんて、あっという間……それどころか、何倍にもなって返ってくる……!
わたしがそう思案しながらスピッツを見やると、彼女はもう天にも昇らんばかりに、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「きゃんきゃーんっ! スピッツ、がんばる! 卑怯なアクヤさんなんかには負けたりしない! アクヤさん、殺すならスピッツだけにして! だから、フルスゥイング様とハーフストローク様は……! あ、あとそっちのサダオの命も助けてあげてぇぇぇ!」
さてコイツ、どうしてくれよう。
ここでわたしが『バッドリゾート』のリーダーでないと言い返すこともできるが、その場合は根拠を示さなくてはならない。
状況的に、わたしがリーダーであるという証明は、揃いに揃っている。
しかしわたしがリーダーでない証明は、なにひとつない。
そして「リーダーであること」を証明するのは簡単だけど、「リーダーでないこと」を証明するのはとても難しい。
まさに、悪魔の証明……!
となれば、行動で示すというのはどうだろうか。
わたしが今ここで、『バッドリゾート』に襲いかかってみせれば……。
いやダメだ。
きっとスピッツは、「用済みになったから始末しようとしてる!」なんて騒ぎたてるに違いない。
証明もできず、行動も封じられているとなると、もはやお手上げ……!?
いや、よく考えるんだ。
あんな小型犬女に詰まされるほど、わたしは弱くない。
なんたってわたしは『ミリプリ』のトッププレイヤーにして、最強最悪の悪役令嬢、アクヤ・クレイ嬢なんだから……!
わたしはフムと唸ってから、オールドッグに尋ねた。
「あなたたちは本当に、わたくしの手下なのですわね?」
「今更なに水くさいことを言ってるんですか、アクヤ・クレイ嬢様! 俺たちはずっとアクヤ・クレイ嬢様のご命令に、従ってきたではないですか!」
「わかりましたわ。そういうことなのでしたら、あなたたちに新しい命令を与えましょう。いますぐここを出て、自首するのですわ!」
わたしが部屋の出口をピッと指し示すと、ワルどもは「ええっ!?」となった。
しかしオールドッグだけは、ニヤリと笑う。
「ご冗談を! 俺たちが自首したら、アクヤ・クレイ嬢様がボスだってことがバレちまいますよ!」
すると、彼の手下ものそのことに気付いたのか、またニヤニヤ笑いだした。
「へへっ、そうそう! 俺たちだけ犠牲にしようったって、そうはいきませんぜ!」
「あーあ、俺っちたちが自首したら、きっとアクヤ・クレイ嬢様のことを自白っちまうだろうなぁ!」
「そうなったら俺たちはもちろんのこと、アクヤ・クレイ嬢様も、ただではすまないでしょうなぁ! それでもいいんですかい?」
わたしはすぅ、と息を吸い込み、風船のように肺を膨らませる。
そして風船ごと叩き割ったような怒声を、彼らにむかってぶつけた。
「おだまりなさいっ!!!!」
洞窟内は広かったけど、密室だったので音が雷鳴のように響きわたる。
ワルどもはもちろんのこと、神族までもが落雷に撃たれたかのように硬直した。
「あなたたちの中には、子供もいるではないですか! こんな前途ある者たちを悪の道に引きずり込んで、大人として恥ずかしくないのですかっ!? もしこれが、わたくしが指示したことだと言うのであれば、わたくしは神族失格ですわ!」
わたしはオールドッグに向かって、頬を打ち据えるような激声を放つ。
「さぁ、わたくしと一緒に自首するのです! そして罪を償い、真っ当に働くのですわ!」
するとオールドッグは、初めて親からぶたれた子のような表情になった。
「ぐっ……! そ、そう言うが、真っ当に働くなんて無理なんだよっ! ガキの頃、たった一度道を踏み外しただけだっていうのに、心の狭い世間は俺たちを受け入れてくれねぇんだ!」
「世間の心が狭いのではなく、あなたたちの心が狭いのですわ! あなたたちは本当に、世間に受け入れられるだけの努力をしたんですの!?」
「あっ、当たり前だ! 俺たちも最初のうちは、真っ当になりたくてがんばってたんだ! どんな仕事でもするから雇ってくれて、街じゅうのヤツらに土下座までしたんだぞ!」
「うむ、よろしい。真っ当になる気持ちがまだあるのであれば、わたくしが雇ってさしあげますわ! ちょうどわたくしの屋敷で、使用人が欲しいと思っていたところなのですわ!」
するとワルどもはもちろんのこと、オールドッグどころか神族たちまで「ええっ!?」となった。
「しょ、正気かよ!? 神族たる者が、盗賊団を使用人にするだなんて……!」
「それが何だというんですの!? 盗賊だろうが山賊だろうが、王様だろうが神族だろうが、わたくしにとっては同じ『人間』なのですわ!」
鉄格子にしがみついたフルスゥイング様が、わたしに向かって手を伸ばす。
「やっ……やめるんだ、アクヤさん! そんなことをしたら悪評が広まって、せっかく昇格したばかりなのに、また降格に……!」
「それが何だというんですの!? 道を踏み外した者たちを救えるのであれば、わたくしは喜んで降格になりますわ! 神族というのは自分の地位を守るためではなく、民衆を守るためにこそ存在しているのですから!」
わたしはフルスゥイング様を黙らせると、真っ白になったオールドッグに歩み寄る。
彼の雷おこしのようにゴツゴツした手を握りしめ、にっこり微笑んだ。
「女神ゲッツェン様もおっしゃっておりますわ、『許しを求める気持ちさえあれば、許されぬ罪はない』と……! しっかり罪を償って、わたくしの元でやり直すのです……!!」
そして本日何度目かの、
光輝微笑……!
すると、カラッポのようになっていたオールドッグの顔が、メーターが昇っていくかのように、みるみるうちに赤くなっていった。




