21 最後の罠
弁当にはほとんど手を付けていないフルスゥイング様が、スピッツに詰め寄った。
「おい、スピッツ! 『双葉の石』を使うんだ! アクヤさんと合流しよう!」
するとスピッツは、面白いほどにうろたえる。
「きゃんっ!? そ、そんなことしたら、この先に進めなくなって、討伐に失敗しちゃいますよぉ!?」
この洞窟は二手に分かれて進むようになっているのだが、途中で壁が立ち塞がる。
壁にはスイッチがあって、それを押すと相手側の通路にある壁を引っ込めることができる。
そのためパーティが片側に集中すると、先に進めなくなってしまうのだ。
先に進めなくなってしまった場合、いったん外に出て、再び二手に分かれて攻略をやり直す必要がある。
その場合、それまで突破した仕掛けやモンスターはすべてリセットされてしまう。
今から戻ってやり直すのは時間がかかりすぎるので、本日中の討伐達成は、事実上不可能といっていいだろう。
さすがに泊まりがけの討伐ではないので、失敗としてあきらめることになる。
今回の討伐のリーダーはフルスゥイング様のはずなので、失敗となれば彼の失点になってしまうんだけど……。
フルスゥイング様はわたしのお弁当がよっぽど食べたいのか、降格もやむなしといった態度でキッパリと言い切った。
「失敗でもかまわん! 俺は討伐よりも、アクヤさんの弁当を優先する!」
「きゃいんっ!? そそっ、そんなぁ!? おいしいお弁当ならここにもありますよぉ!? あんな見た目だけのお弁当に騙されないでくださいぃ!」
悲鳴じみた鳴き声で、フルスゥイング様にすがるスピッツ。
しかしフルスゥイング様は、いちど思い込んだら一直線なタイプの令息だ。
「リーダーの俺がいいと言ってるんだ! さぁ早く、『双葉の石』を使え!」
するとスピッツは、「きゅぅぅん……」と窮する。
「おい、なにをためらってるんだ!? 俺の言うことが聞けないのか!?」
わたしはスピッツが『双葉の石』を使わない理由を知っていた。
そしてそれは、わたしだけではないようだった。
「……『双葉の石』を、なくしてしまったんだね?」
するとスピッツは、新しい主人に乗り換える駄犬のように、ピクンと反応。
「そっ……! そそっ、そうです! ハーフストローク様っ! スピッツ、戦闘中にうっかりして、石のかけらを穴の中に落しちゃったんです!」
「なんだとぉ!?」
「落ち着いて、フルスゥイング。ないものはしょうがないじゃないか。合流できる手段がなくなってしまったのだから、アクヤさんの弁当はあきらめるしかないね」
「ぐぐっ……! しかしっ……!」
「そのぶん、この討伐でアクヤさんにいい所をいっぱい見せればいいじゃないか。無くしたスピッツを責めるのはよくないよ」
「きゃぃ~んっ! ハーフストローク様ぁ! スピッツのことをかばってくださるだなんて!」
「別にかばったわけじゃないよ。うっかりミスなんだったら、怒るにしても責めるにしても、半分くらいがちょうどいいのさ。でもフルスゥイングは怒るのも全力だから、このあとの討伐に影響が出ちゃいけないと思って。それと、いちおう聞いとくけど……」
そこでハーフストローク様は、一拍間を置く。
「……アクヤさんのしおりの時間をずらした時みたいに、わざとじゃないよね?」
その言葉は、いつもの彼のように、風のように飄々としていたのに、どこか冷たいものを感じさせた。
スピッツ犬が飼い主に甘えるようなキュンキュン声で、ハーフストローク様に擦り寄っていた。
しかしその一言だけで、「しっ!」と追い払われてしまったかのように後ずさる。
「きゃいんっ!? そそっ、そんなこと、あるわけないじゃないですかぁ! ななっ、なんでそんなことを!」
「そっか、わざとじゃないならいいんだよ」
ハーフストローク様は、スピッツの企みに薄々気付きはじめてる……!?
いや、もう気付いているのかも……!?
そしてこれもわたしの予想に過ぎないんだけど、スピッツは『双葉の石』の欠片を無くしておらず、しっかりポケットに入れていると思う。
なぜならば本当にイザと言うときのために、とっておいてるんだろう。
もしここでわたしが、スピッツから預かった『双葉の石』の欠片を使ったら面白いだろうなぁ。
わたしたちが向こう側の通路に瞬間移動した時点で、スピッツが石を隠し持っていたことがバレちゃうんだから。
そうなるとヤツが塗り重ねているウソが、あっさり剥がれ落ちるんだけど……。
わたしとしてはこのあとの仕掛けも見届けたかったので、使うのはやめておいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしとサダオは和気あいあいと、仲間たちはなんだか険悪なムードのまま、通路を進んでいく。
いよいよ最深部である、山賊たちのいる部屋に着いた。
通常の『ミリプリ』では、ここで待ち構えている山賊たちと大立ち回りを繰り広げる。
いわゆる「ボスフロア」となっていて、そこは近隣の村から奪ってきた物資が、壁一面に山と積まれた場所だった。
部屋はドーナツ状になっていて、真ん中には数メートル四方の穴がぽっかりと空いている。
これは、これまで通ってきた通路の断崖と同じで、地下水路へと繋がっているらしい。
この穴に落ちたら一発で討伐失敗になっちゃうんだけど、逆に山賊たちを吹っ飛ばしてこの穴に落してやることにより、効率的に片付けられるんだ。
そしてこの部屋は、今までずっと分かれていたふたつの通路が、ようやく合流する地点でもある。
長いことわたしと離ればなれになっていたフルスゥイング様が、待ってましたといわんばかりの様子で、
「あっ……アクヤさんっ! 大丈夫だったか!? 俺が来たからには、もう大丈夫……!」
しかし彼が駆け出そうとした瞬間、上空から檻のような囲いが降ってきて、
……ズドォォォォォォォォーーーーーーーーーン!
フルスゥイング様とハーフストローク様とスピッツ、3人をまとめて閉じ込めていた。
「罠っ!?」
わたしはとっさに身構え、上空を見やる。
てっきり同じものが降ってきて、サダオもろとも閉じ込められるのかと思ったんだけど、洞窟の天井には何もなかった。
かわりに、部屋の奥からどやどやと現れた、10人ほどの男たちに囲まれる。
むくつけき素肌を毛皮一枚で包んだいでたちは、どう見ても山賊ファッション。
しかもいつもこの洞窟にいるはずの、無名の弱っちい山賊じゃない。
『バッドリゾート』……!
今でこそ鳴りをひそめているけど、かつてはゲッツェラントにその名を轟かせた、極道集団……!
なんでこんなヤバいのが、こんな低レベル帯の洞窟にいるの……!?
わたしはサダオをかばいつつ、彼らと対峙する。
すると、奥からひとりのワイルドなオジサンが出てきた。
そのオジサンを片眼鏡ごしに見ると、頭上にネームが浮かび上がる。
間違いない、彼が現『バッドリゾート』のリーダーである、『オールドッグ』だ……!
オールドッグは、ガンコ親父という言葉がしっくりくる風貌をしている人物。
洋風系の顔立ちが多い『ミリプリ』においては珍しい、和風寄りの顔だちをしているので『オヤジファン』には人気だったりするんだよね。
しかし今は敵同士だ。
わたしは腰に下げているサーベルの柄に手をかけながら、オールドッグを睨み据える。
すると彼は、鬼瓦のような顔をしめしめと緩め、思いもしなかった一言を放つ。
「うまくいきましたなぁ、アクヤ・クレイ嬢様! いっきに3匹もの『神族』を捕らえましたぞ!」




