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20 楽しいランチ

 前髪をあげたサダオは、とんでもないイケメンだった。

 線の細いインテリ系で、病的なまでに白い肌が儚さを加速させている。


 歴史ものの乙女ゲーだったら、竹中半兵衛とか、土方歳三とかで出てきそうなタイプ……!


 わたしは虚を突かれるあまり、思わず「ひうっ!?」とシャックリみたいな声を出していた。


 素のわたし、山本百合は男の人があまり得意ではない。

 それがイケメンならなおさらである。


 フルスゥイング様もハーフストローク様もかなりのイケメンなんだけど、ゲームでさんざん慣れ親しんできていたから耐性があった。

 それに『ミリプリ』のトッププレイヤーであるわたしは、すべての令息を網羅しているつもりだった。


 しかしサダオのような令息がいたなんて知らなかった。

 彼はもしかして、『ミリプリ』の新シーズンで実装される、新令息……!?


 額に汗しながら迫ってきたサダオは、わたしの狼狽に気付く様子もない。

 震えながらも小さくガッツポーズをし、嬉しさを噛みしめていた。



「ははっ、初めてです! じじっ、実戦で、初めてファイアボールが当たりました! これもアクヤ・クレイ嬢様のおかげです!」



 わたしはハッと我に返って、急いでアクヤに戻る。



「うむ、よろしい。その調子で、どんどん成功体験を積み重ねていくのですわ。そうすれば持ち腐れだった魔術の知識も、宝として輝き出すのです」



「はっ、はいっ! ありがとうございますっ!」



「ところで、あなたはそんなお顔をしていたんですのね。ずっと前髪で隠していたからわかりませんでしたわ」



 すると今度はサダオがハッと我に返る。

 気まずそうにうつむき、かあっと赤くなっていた。



「あっ、す、すいませんっ……! すすっ、少しでも視界を良くしようと思って……! へへっ、変ですよね!」



 サダオは前髪を縛っていた紐を解き、いつもの幽霊みたいな髪型に戻った。

 しかしわたしは「お待ちなさい」と手をのばし、彼のすだれのような前髪を、そっとかきあげる。



「あっ、アクヤ・クレイ嬢様……!?」



「じっとしているのですわ」



 わたしは手品のように取り出したヘアピンで、サダオの前髪を留めてあげた。


 アクヤは後ろ手に手錠をされることがよくあるので、ピッキング用にドレスの袖にヘアピンを隠してあるんだ。

 わたしは劇場のカーテンが開いたみたいな髪型のサダオに向かって、うむ、と頷く。



「こっちのほうが、ずっといいですわ」



「そそっ、そうでしょうか……?」



 わたしの言葉にサダオはおっかなびっくり、恥ずかしくてたまらない様子でモジモジしている。



「ええ。目というのは後ろを振り返らず、前だけを見るために付いているのです。

 それを前髪などで覆い隠すのは、なにも見ようとしないのと同じことですわ。

 それを証拠に前髪をあげたからこそ、ファイアボールは当たったのです。

 これからは苦手なことがあっても、目をそらし覆い隠すのはやめて、立ち向かっていくのですわ。

 あなたにはそれができるだけの力があるのですから」



 すると、サダオは上目遣いでわたしを見た。

 身長はサダオのほうがずっと高いんだけど、身体を丸めているせいでわたしのほうが見下ろす形となっている。


 じ、自分に自信のない竹中半兵衛とか、土方歳三って……。

 しっ……新鮮んん~っ!!


 わたしは背筋をゾクゾクと這い上がってくる感情を、毛先にも出さずに続ける。



「わかったのであれば、いつまでも背中を丸めてないで、しゃきっとするのです」



 そしてトドメの、



 光輝微笑ライトネス・スマイリング……!



 瞬間、ビクンッ! と直立不動になる竹中半兵衛、じゃなかったサダオ。



「ははっ……! はい! アクヤ・クレイ嬢様っ! ぼぼっ、僕……! アクヤ・クレイ嬢様のお役に立てるように、ががっ、がんばりますっ!」



「うむ、よろしい」



 わたしとサダオはすっかりいい雰囲気になった。


 本来であれば好感度が変化した場合、わたしの片眼鏡ごしに見えているヘッドアップディスプレイに表示される。

 しかしその機能を解放するためには、令嬢としての階級をさらに上げないといけない。


 なので今は、サダオの好感度がどれくらいあがったかはわからない。

 でも彼の反応からするに、かなり上がったと見ていいだろう。


 対岸にいる仲間たちの反応は、三者三様だった。



「きゃんっ……!? さ、サダオがあんなにいい男だなんて、知らなかった……! 知ってたら、唾をつけておいたのに……! くくっ、悔しいっ……!」



「ほ、本来ならああやってアクヤさんとイチャイチャするのは、俺のはずだったのに……! ううっ、羨ましい……!」



 ハーフストローク様だけは感情を露わにせず、「ふぅん」と品定めするような視線をわたしたちに向けていた。

 やがて、気を取り直すように、



「さて、そろそろお昼だね。このあたりで休憩しようじゃないか」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 この洞窟は入り口と最深部以外に合流ポイントはないので、休憩も別々だ。

 スピッツはアウトドア用のシートを地面に広げながら、わざとらしい大声を出している。



「きゃんっ! さぁ、フルスゥイング様、ハーフストローク様っ! スピッツが持ってきたシートの上に座ってお昼ごはんにしましょっ! おやおやぁ? アクヤさんたちは立ったままだよ!? もしかして、シートもお弁当も忘れちゃったのかなぁ!?」



 『討伐のしおり』にはウッドデッキの休憩所と売店があるから、昼食系の準備は一切不要、と書かれていた。

 しかしわたしは、「やられた!」とも思わない。


 ポシェットから薔薇柄のアウトドア用のシートを取り出すと、ベッドメイクをするときのシーツにように、ふわっと広げた。

 「なっ……!?」と愕然とする対岸のスピッツをよそに、わたしはサダオに告げる。



「それではわたくしたちも昼食いたしましょう」



「あっ、あの……! ぼぼっ、僕、お弁当、持ってきてないんです……! スピッツさんからいただいたしおりには、おおっ、お弁当は要らないって書いてあったので……!」



 どうやらスピッツはサダオにも毒を含んだしおりを渡しているらしい。

 わたしとパーティを組むように仕向けていたのだから、それも当然か。



「大丈夫ですわ。わたくしが多めに作ってきておりますから、それを食べましょう」



 ポシェットから重箱のようなランチボックスを次々と取り出す。

 まさかわたしが弁当まで用意しているとは思わなかったのか、対岸から「ぐぬぬっ……!」と歯を食いしばるような声が。



「きゃっ……きゃんっ!? アクヤさんってばお料理するんだぁ! でも知ってますか、フルスゥイング様! アクヤさんの作る料理って、かなりのゲロマズだってみんな言ってますよ!」



「あ……あれのどこが、ゲロマズなんだよ……! めちゃくちゃうまそうじゃねぇか……!」



 わたしが作ったのは、お花見とかにピッタリな、見た目がとても華やかなお弁当。

 シーツとふたりで朝早く起きて作った、かなりの自信作だ。



「ぐぎぃっ……! きゃ、きゃーんっ! どうせ見た目だけですよぉ! スピッツの作ったお弁当のほうが何倍も美味しいに決まってますから!」



 すっぱいブドウを罵るかのようなスピッツ。

 しかし彼女にとっては最後の希望も、わんぱく小僧のように弁当をパクつくサダオによって否定される。



「う、うわぁ……! とっ、とっても美味しいです! あっ、アクヤ・クレイ嬢様が、こんなに料理が上手だったなんて! ぼっ、僕、普段はブロックメイトばっかりで……!」



「ブロックメイト? それは非常食じゃありませんの。なぜ普段からそんなものを食べているんですの?」



「いっ、いつも魔導書を読むのに夢中になっちゃって、しょっ、食事の時間も惜しいから、ブロックメイトですませてるんです!」



「んまぁ、それでそんなに痩せてるんですのね。ブロックメイトばかりでは身体を壊してしまいますわ。今度からは、きちんと食事を摂るようにするのです」



「はっ、はいっ! アクヤ・クレイ嬢様っ!」



 わたしとサダオはすっかり打ち解けていた。


 サダオは出会ったときはぜんぜん笑わなかったけど、今はよく笑うようになった。

 そのはにかみ笑顔はヤバいくらい可愛くて、わたしはお腹も心もいっぱいになる。


 幸せもいっぱいのわたしたちに、対岸ではついに、大いなる動きがあった。

 スックとたちあがったフルスゥイング様が、意を決した表情で一言。



「も……もうがまんできんっ! 俺はいますぐ、アクヤさんのところに行くっ! 俺もアクヤさんの弁当が食いたいっ!!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] こうして かませ令嬢の計画崩壊が始まりましたか!(ニヤリ) しかしまあ シーツ・Gとか 小動物みたいな男性に好かれますねえ!(ニヤリ) まさに一流の調教師でしょうかな!(ニヤリ) [気にな…
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