16 結審
スピッツはえづきながら、とうとう白状した。
「ぐふっ! そ、そうだよっ! アクヤさんのしおりだけ、わざと2時間遅らせたものを別に作って渡したんだよっ! うぐっ! でもそれも、ちょっと場を盛り上げようと思って、ちょっとしたドッキリを仕掛けただけなのにっ! ひぐうっ!」
「そうだったのか……!」という衝撃が、ヤジ馬を駆け巡る。
そしてヤツは舌の根も乾かぬうちに被害者ヅラをしはじめた。
「それなのに、それなのに『神族会議』まで開いて、こんなに大袈裟にしてスピッツを責めるなんて……! ひどいよひどいよひどいよっ! ねぇみんな、ひどいと思わないっ!? アクヤさんってばひどいよね!?」
作戦を切り替えたのか、今度はわたしがいかに空気の読めない女であるかを周囲に喧伝しはじめる。
わたしはすぅ、と大きく息を吸い込む。
肺腑をこれでもかと膨らませると、イタズラをしても反省ゼロの馬鹿犬を叱りつけるように、ありったけの怒声をぶつけた。
「おだまりなさいっ!!!!」
スピッツの頭上で点滅している爆弾が、ひとあし先に爆発したみたいな轟音が、ごうごうとあたりに鳴り渡る。
ゲッツェラント城のエントランスは学校の校庭くらいに広いんだけど、そこにいたすべての人間が何事かと立ち止まり、振り返っていた。
このアクヤの一喝、最初はわたし自身もビックリしたけど、もう慣れた。
そして使い所によってはとても便利な技だということにも気付いていた。
スピッツは驚きのあまり、毛を逆立てた小型犬みたいに固まっている。
わたしはここぞとばかりにまくしたてた。
「ドッキリを仕掛けたのであれば、なぜそれをもっと早く供述しなかったんですの!? わたくしはドッキリを仕掛けたことを責めているのではありませんわ! あなたは神聖なる『神族会議』において、ドッキリをうっかりミスとして誤魔化そうとしましたわ! わたしはその過ちを認めない姑息な性格を、そしてそれがバレてもなお心から反省しない、愚劣な性格を責めているのですっ!!」
わたしの完全なる正論に、ワナワナと震えるスピッツ。
「あ……謝ったじゃない! さっき、ごめんなさい、って!」
そんな子供じみたい言い訳で、話をそらすのに精一杯。
彼女としてはできることなら、謝る前にどこかに逃げ出したかったのだろう。
しかしいまは『神族会議』の真っ最中。
論議を途中で破棄するのは、敗訴以上のペナルティとみなされる。
そう、放課後のチャイムが鳴るまでは、彼女はどこにも逃げられない……!
そしてそのチャイムのベルは、このわたしが握っている……!
「そもそも、さきほどの謝罪はなんに対しての謝罪ですの?」
するとスピッツは「うぐっ……!」と言葉に詰まった。
「やっぱり、あなたは周囲のヤジに押されて謝っただけでしたのね。それも、あんな逆ギレみたいな謝罪で……。謝罪というのはなんのためにするのかおわかりでして? 謝罪する対象に赦しを乞うためのものでしょう? ならば、誰に対して、どんな悪いことをしたのかを明白にした、誠意ある謝罪をするのですわ」
わたしがこんなにネチネチとしているのには理由がある。
別にスピッツをいじめたいわけじゃなくて、『神族会議』の記録にしっかりと残すためだ。
そして、正義はこちらにあることを周囲に知らしめるため。
「あなたが犯した罪は、本当にちっぽけなものなのですわ。でもあなたはそれを認めずに、どんどん罪を大きくしようとしている。それがわたくしにとっては、とても辛く、哀しいことなのですわ」
わたしは気丈に言いながら、周囲に笑顔を振りまいた。
そう、それは、
光輝微笑……!
「でもわたくしは、あなたを赦しますわ……! 女神ゲッツェン様もおっしゃっておりますわ、『許しを求める気持ちさえあれば、許されぬ罪はない』と……!」
いつもキツめのアクヤが慈母のような微笑みを浮かべるだけで、周囲の見る目が変わる。
まるで、雨の日に仔犬を拾う不良を目撃した、ヒロインのように。
さっそくヤジはわたしの味方となった。
「そうだ! スピッツ、アクヤさんの言うとおり、さっきの謝罪はあんまりだ!」
「アクヤさんにちゃんと謝りましょう!」
「アクヤさんは許すと言ってるけど、ちゃんと謝って、仲直りしようじゃないか!」
「アクヤさんは、スピッツにドッキリを仕掛けられたことをお見通しだったというわけだね。待ち合わせ場所に1時間50分も早く来ていたのが何よりもの証拠だ。しかしアクヤさんはそんなことはどうでもよくて、ウソを重ねるスピッツを見かねて、わざとこんな大掛かりなことをしたのか……」
驚嘆するハーフストローク様に、大喜びのフルスゥイング様。
「ほら見たか、ハーフストローク! これがアクヤ・クレイ嬢さんだ! 自分のことよりも他人を思いやり、どんなときでも冷静なのに、ここぞという時には勇猛に奮い立つ人! 彼女は『神族会議』で負けるペナルティを押してまで、スピッツの間違いを正そうとしているんだ!」
「静かにするのですわ! いま、彼女は真人間になろうとしているのです!」
わたしがバッ! と手をかざすと、まるで指揮官の指示であったかのように、あたりは静まり返った。
衆目が、わたしの目の前にいるスピッツに集まる。
彼女は腰をくの字に折り、つむじをわたしに向けるように頭を下げていた。
やがて、魂を脱水機にかけているかのような、悲鳴じみた声が絞り出される。
「すっ……! ……スピッツ、はっ……! あっ……アクヤ・クレイ嬢さん、をっ……! わ……わざと遅刻させようとしてっ……! じっ、時間を書き換えたしおりを、わたっ、渡しました……! こっ……こここっ……! こここ心からっ、謝ります……! ほっ、本当に……本当に……ごめんなさいぃぃぃっ……!!」
これが『神族会議』のいいところでもあり、怖いところでもある。
だって加害者が過ちを認めた場合、被害者が納得いく謝罪を受けたと判断するまでは結審されないから。
ようは「反省してまーす」は通用しない。
それがわかっているからこそ、スピッツもしたくもない謝罪をしているんだ。
被害者がその気になれば延々謝らせることもできるんだけど、やり過ぎると立会人たちの心象が悪くなって、今度は被害者側に非が集まるようになる。
だからわたしはこのへんで許してやることにした。
「うむ、よろしい」
すると、スピッツの頭上にあった爆弾が、
……ズドォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
と大爆発、中から『結審』の文字が飛び出してくる。
「ぎゃいいいいいいいいいいーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
爆心地にいたスピッツは吹っ飛ばされ、数メートル先の地面にべしゃっと叩きつけられていた。
ヤジ馬たちは「ああっ!?」と悲痛なる声をあげる。
焼け出された人みたいに、黒焦げのままピクピクしているスピッツ。
わたしはドレスの裾をふわりと風に揺らしながら、ゆっくりと歩み寄った。
しゃがみこんで、彼女の手を取る。
「あなたの謝罪、たしかに受け取りましたわ。これであなたがウソをついていたことは、水に流しましょう。そして気を取り直して仲良く、討伐へと出かけましょう」
チリチリ頭をあげたスピッツの顔はススだらけ。
ぽふっ、と口から煙を吐きながら、スピッツは言う。
「あ……アクヤ、さんっ……! あ……ありが、とうっ……!」
その美しい光景に、周囲から拍手喝采が起こる。
スピッツは涙ぐんですらいたが、それが芝居であることはバレバレだった。
わたしは彼女だけに、そっと微笑んだ。
「でも、わたしを陥れようとしたことだけは、絶対に許しませんわよ……!」
それは、暗黒微笑。
目の当たりにしたスピッツの顔から「ひいっ!?」と血の毛が引いていくのが、ハッキリとわかった。




