14 神族会議
わたしは肩から提げていたポシェットから、おもむろにあるものを取り出す。
それは、『アネモネの石』というアイテム。
それを、目の前でじゃれているリア充たち、特にひとりの女に向かってかざす。
そして、ぴしゃりと一言。
「それでは、『神族会議』を開催いたしますっ!」
一方的に宣言して、石を放り投げる。
宣告されたスピッツは、「ええっ!?」と虚を突かれたように振り向く。
石は空中で輝き、魔法陣となって広がる。
空の魔法陣からオーロラのような光が降り注ぎ、床にも同じ模様を投影。
床の魔法陣の片隅から、幻影の女神像が、ずももも……! とせりあがってくる。
わたしとスピッツの前には、白亜の証言台が現れていた。
ゲッツェラント城のエントランスの片隅で、あれよあれよという間に『神族会議』の環境が整っていく。
『神族会議』というのは『ミリプリ』のシステムのひとつで、大天級より使用可能な『アネモネの石』を使うことにより開催可能。
指定した人物の不正を糾弾できる、簡易裁判のようなものを行なうことができるのだ。
ようは『どこでも帰りの会』……!
石を使わずに不正を問いただすのとは何が違うのかというと、この世界における『正式な訴え』という扱いになる点。
なので、問いただす相手に一定のルールを課すことができる。
はぐらかしたり、その場から逃げたり、暴力を振るうことは厳禁。
原告も被告も、結審するまで誠実に対応しなくてはならないという決まりがある。
さらに『神族会議』の一部始終はすべて魔法で記録されており、ゲッツェラント城のデーターベースに残される。
『評定会議』における『神事』の判断材料になることもあるんだ。
訴えて勝てれば良いことずくめのような気もするけど、負けた場合はデメリットもある。
まず『アネモネの石』は使い捨てのうえに結構お高いので、負ければその費用は帰ってこない。
勝てば、被告の給料から石代がさっぴかれて帰ってくる。
そしてこの『神族会議』を開催するということは、『お前は悪いヤツだ』と面と向かって宣言しているも同義。
それなのに被告の不正を挙げることができなかったら、その非はすべて原告に帰ってくるのだ。
『人を見たら泥棒と思っているような、神族にあるまじき心の狭いヤツ』というレッテルを貼られることとなる。
そんな噂が広がってしまっては、令息も令嬢も相手にしてくれなくなるだろう。
実をいうとこのデメリットがあまりにも大きいので、『神族会議』は滅多なことでは行なわれない。
しかしわたしは朝、屋敷を出るときの準備で、『アネモネの石』を真っ先に用意した。
スピッツがなにか仕掛けてきたら、でっかいカウンターを食らわせてやろうと思って。
彼女はまさかわたしが『神族会議』に訴えるとは思わなかったのか、ずっと鳩が水鉄砲をくらったような顔をしていた。
「きゃっ……きゃんっ、きゃんっ……? えっ……ええっ、えええっ。アクヤさん、なんで……なんで神族会議なんか……」
「わたくしは、あなたが意図的にわたくしを遅刻させようとしているのだと判断しましたわ。よって、真実の究明を希望いたしますっ!」
「ええええーーーーーーーーーーーっ!?」
わたしとスピッツの目の前に、『開議』という文字がドン! と現れ、消えていった。
これでもう、ヤツは嫌でも論議に応じなくてはならない。
スピッツの近くにいたフルスゥイング様とハーフストローク様も呆気に取られていたけど、ハーフストローク様が先に我に返っていた。
ハーフストローク様は、まだポケッとしているフルスゥイング様の腕を掴んで、スピッツから離れようとする。
スピッツは慌ててふたりを引き留めた。
「ちょ!? ハーフストローク様、フルスゥイング様、待って下さい! これは何かの誤解です!」
すると、ハーフストローク様が微笑みとともに答える。
「もちろん僕も、スピッツがそんなことをしない子だって思ってるよ。でも神族会議となった以上、今の僕たちは公正に判断しなくちゃいけない立場なんだ」
神族会議が開催されると、その場に居合わせた関係者たちが『立会人』となる。
今回の場合は、フルスゥイング様とハーフストローク様がそれにあたる。
そしてなぜかわたしたちから少し離れた場所にいた、黒いローブ姿のモブキャラみたいな人まで巻き込まれていた。
ちなみになんだけど、神族会議の決着条件としては、大まかに4つ。
1:被告が不正を認める(原告の勝利)
2:原告が誤りを認める(被告の勝利)
3:制限時間内に結審せず、立会人の心象ゲージの差が80パーセント未満(被告の勝利)
4:制限時間内に結審しなかったが、立会人の心象ゲージの総数で、原告側が80パーセント以上の差をつけた(原告の勝利)
3と4にある『心象ゲージ』というのは、何かというと……。
いまわたしの片眼鏡ごしの視界のなかで、立会人たちの頭上に表示されているゲージのこと。
■■■■■■■■□□ フルスゥイング
■■■■□□□□□□ ハーフストローク
■■■■■□□□□□ ?????(黒いローブの人)
これは、わたしとスピッツ、どちらの言っていることが正しと思っているか、その心象をゲージにしたもの。
■はわたしが正しいと思っていて、□はスピッツが正しいと思っている心の割合。
制限時間を使い切ってからの勝利条件にもなっているように、『神族会議』では相手の不正を問い詰めると同時に、この心象ゲージを稼ぐことも重要なんだ。
いままでわたしが経験した神族会議のパターンでいえば、全体の80パーセント以上のポイント、今回は24ポイントを獲得できれば勝利したも同然と言っていい。
なぜならば、立会人を80パーセント味方につけた時点で、立会人も一緒になって相手を糾弾してくれるからだ。
今の心象ゲージの総数は、わたしが17ポイント、スピッツが13ポイントで、わたしが優位。
そして、スピッツはようやく腹をくくったのか、いつものペースを取り戻していた。
「きゃんきゃんっ! もぉ、スピッツはわざと間違ったわけじゃないのに! それなのにわざわざ神族会議まで起こすだなんて、アクヤさんってば、心が狭いんだぁ!」
プンプンと怒ってみせるキャンキャン。
ぜんぜん可愛くねぇ。
まぁなんでもいい。時間ももったいないので、わたしはさっさと本題に入る。
基本的に会議の進行は、原告側がやるルールになっているんだ。
わたしはポシェットから『討伐のしおり』を取り出して、スピッツに見せた。
「スピッツさん、これはあなたが製本し、わたくしに配ったもので間違いありませんわね?」
「きゃんっ! そうだよ! スピッツががんばって作ったんだよ! 1週間もかかったんだから!」
いつの間にか集まっている野次馬に向かって、ことさら努力をアピールするスピッツ。
わたしはしおりを開き、とあるページを開いてスピッツに向かって見せる。
「こちらのページにある、待ち合わせ場所の説明では、待ち合わせの時間は朝の8時になっておりますわね」
フルスゥイング様が「なんだと!?」と声を荒げた。
「俺がスピッツからもらったしおりには、朝の6時になっていたぞ! ハーフストロークのもそうなっていたはずだ! これは、どういうことなんだ!?」
ハーフストローク様が合点がいったように、後を引き継ぐ。
「なるほど、アクヤさんは、スピッツが意図的に待ち合わせ時間を遅らせたしおりをアクヤさんだけに配って、失態を犯させようとした、そう言いたいんだね?」
「その通りですわ」とわたしは頷く。
すると、脊髄反射のようにフルスゥイング様がスピッツに食ってかかった。
「なんだと、おいっ!? それはどういうことだ!?」
■■■■■■■■■■ フルスゥイング
頭上のゲージが一気にわたしに傾く。
どうやらフルスゥイング様は、未だにわたしのことを好意的に思ってくれているようだ。
まぁその期待もあったから、神族会議をやったところもあるんだけどね。
フルスゥイング様の怒声は続く。
「そもそも今回の討伐は、俺とアクヤさんを……!」
「待って、フルスゥイング。その話をすると今はややこしくなる」
いまにもスピッツに殴りかかっていきそうなフルスゥイング様を、押しとどめるハーフストローク様。
彼はスピッツに向き直ると、穏やかながらも真摯な表情で問うた。
「スピッツ、キミは本当にアクヤさんを陥れようとして、間違った時間のしおりをアクヤさんに渡したのかい?」
するとヤツは、まさに小型犬のようにキャンキャン吠えだした。
「きゃんきゃんきゃんっ! ひどぉい、ハーフストローク様まで! そんなわけないじゃないですかぁ! うっかりミスをしただけです! 間違っちゃったしおりを、うっかりアクヤさんに渡しただけですっ!」
まぁ、そんなところだろう。
もちろんこの程度の言い逃れをすることくらい、こっちはとっくにお見通しだ。
さぁて、ここから一気に追い込ませてもらいましょうか……!




