13 キャンキャンの罠
わたしは図らずとも、リア充たちと『討伐』に出かけることになってしまった。
そしてその日どりは、あっという間に決まる。
スピッツがかなり張り切って準備していたらしく、彼女から『討伐のしおり』みたいなものまで渡された。
しおりは魔法印刷で作られたもので、重要な文字が光ったり、挿絵がアニメーションするというかなり気合いの入ったもの。
それはわかりやすくて良かったんだけど、4人パーティの1日だけの討伐に、わざわざこんなものまで用意しなくても……とわたしは思った。
ちなみに『討伐』というのはその名のとおり、神都『ゲッツェラント』内に出没するモンスターや、悪さをする盗賊などをやっつける執務のこと。
今回スピッツが選んだのは、ゲッツェラントの辺境にある村々を荒らしているという、山賊の討伐だった。
その日はわたしは少し早く起きて、シーツと一緒に少し多めのお弁当を作る。
そして山賊たちとの戦闘に備え、屋敷にストックしてある魔法石などのアイテムを見繕う。
それらを遠出用のポシェットに詰めた。
このポシェットは容量拡張の魔法で内部が広げられており、100リットルほどの荷物が入る。
しかも重量軽減の魔法もかかっているので、ぎゅうぎゅうに詰めても重さを感じないというスグレモノ。
おかげで、どこに行くにも近所に買い物に出かけるくらいの軽装ですむんだ。
「あとは剣ですわね。シーツ、サーベルを用意なさい」
するとシーツは、居酒屋の新人店員もかくやというほどにハツラツと頷き返してきた。
「はい、喜んで! このお屋敷にあるサーベルでよろしいですか!?」
『このお屋敷にあるサーベル』という言葉が引っかかったが、わたしはすぐに察する。
アクヤの武器はこの家だけでなく、隠れ家である『ひとりぼっちの洞窟』にもあるんだ。
隠れ家のほうにはかなり強力な武器もあるみたいだけど、山賊の討伐くらいなら必要ないだろう。
「ええ。私の愛用のサーベルで結構ですわ」
そう言うと、シーツは取ってこい遊びをする犬みたいにピャッと走っていき、武器棚から装飾のついたサーベルを持ってきてくれた。
それだけでなく、わたしのまわりをちょこまか回って、腰ベルトに装備してくれるという至れり尽くせりぶり。
これですっかり準備が整った。
「それでは行ってまいりますわ。シーツ、留守を頼みましたよ」
するとシーツはなぜか、捨てられた仔犬みたいな顔をする。
「アクヤ様……俺は連れて行っていただけないのですか!?」
そういえばアクヤは、討伐のときにいつもシーツをお供にしていた。
荷物持ちだったり、敵に向かって突っ込ませたり、オトリにして逃げるために。
シーツはシーツで、身体を張ってアクヤを守るのがいじらしいんだよね。
『ミリプリ』ではおなじみの光景ではあるんだけど、こんな幼気な少年を犠牲にするだなんてとんでもない。
それに今回はスピッツがどんな企みをしているかわからないから、危険も未知数。
シーツは「つれてって」と書いてありそうなほどの顔でわたしにすがったけど、
「シーツ、今回はわたくしひとりで大丈夫ですわ。あなたはここでわたくしの帰りを待っているのです。いいですね」
「そ、そんな……。で、でも、わかりました……」
噛んで含めるように言ってようやく、渋々ながらも納得していた。
ダークエルフ特有の耳がしゅんと垂れ、これでもかと落ち込んでいる。
そんな彼を見ていると、私はつい甘くなってしまう。
「今日一日いい子にしていたら、ハイキングに連れて行ってあげますわ」
するとその一言だけで、枯れたような耳がピーンと立った。
パアッと花咲くような笑顔を浮かべるシーツ。
「ほ……本当ですか!? わ、わかりました、アクヤ様! 俺、いい子でお留守番してます!」
「うむ、よろしい。それでは、留守を頼みましたわよ」
わたしはブンブンと手を振るシーツに見送られ、屋敷を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『討伐のしおり』によると、集合場所は『ゲッツェラント城のエントランス広場』となっていた。
わたしは生来の性分と、サラリーマンだった時のクセで、待ち合わせ場所にはかなり早い時間に行くようにしている。
なにかトラブルがあっても、対応できるようにするためだ。
そのため、しおりに書いてあった時間よりも1時間50分も前に待ち合わせ場所に着いてしまったのだが……。
なぜか、すでにみんな揃っていた。
スピッツはわたしを見るなり「もう来たの!?」みたいな顔を一瞬したが、いきなり噛みついてきやがった。
「きゃっ……きゃんきゃんっ! 遅いよぉ、アクヤさんっ!」
すると、隣にいたフルスゥイング様とハーフストローク様がなだめる。
「スピッツ、別にいいじゃねぇか! 少しくらい遅れたって! たった10分の遅刻くらい、大目に見ろよ!」
「そうそう。女性は準備に時間がかかるものなんだよ。美しい女性は特にね」
「きゃんっ!? ハーフストローク様、それじゃスピッツは美しくないみたいじゃないですかぁ!?」
じゃれあうリア充たちを、ポカンと見つめるわたし。
いつの間にかわたしが10分遅刻したみたいになってるけど、これってもしかして……。
や……やりやがったなっ……!?
あの女、わたしの『討伐のしおり』だけ、遅い待ち合わせ時間を書いてやがったんだ……!
わたしが1時間50分前に着いて、10分遅刻だと言われるということは……。
2時間も遅刻させるつもりだったのか……!
2時間も遅刻したら、きっとフルスゥイング様もハーフストローク様も、怒って帰ってしまうだろう。
わたしが時間どおりに待ち合わせ場所に行ったら、誰もおらず……。
ひとり、途方に暮れることに……!
しかもこれは後で気付いたことなんだけど、『討伐のしおり』は次の日になると消える魔法文字で書かれていた。
やたらと魔法文字でデコレーションされていたのは、本命である『文字が消える仕掛け』を誤魔化すためだったんだ。
これは、次の日にわたしが、しおりに間違った時間が書いてあったと弁解しようとしても、できないようにするために違いない。
だってその頃にはもう、しおりは白紙になっているのだから。
そしてその時はもう、時すでに遅し。
スピッツは得意のスピーカーっぷりで、みんなに言いふらしていたことだろう。
「きゃんきゃーんっ! 聞いて聞いて! 昨日、スピッツとフルスゥイング様とハーフストローク様と、それとアクヤさんで討伐に行こうとしたの! でも、アクヤさんだけ待ち合わせ場所に来なかったんだよ! ひどくない!? ねぇ、ひどくなぁ~いっ!?」
そうなったらわたしは、令息たちとの約束をすっぽかした、ダメ令嬢に……!
あ……危なかった……!
危うくヤツの仕掛けた罠に、ハマるところだった……!
しかしこの時点で、スピッツは自分が仕掛けた爆弾を受け取ったことになる。
このわたしに中途半端な罠を仕掛けたら、どんな目に遭うか……。
キッチリ、爆発させておかないと!




