10 お返し
わたしはどうリアクションしていいのかわからなかったので、黙ったまま事の行く末を見守る。
ダンディライオンJr.様とベイビーコーン様は正反対の性格。
かたや陽キャでかたや陰キャ。それでも不思議とウマが合うのか、ふたりが仲良しなのは『ミリプリ』のなかでも周知の事実である。
しゃべるのはダンディライオンJr.様ばかりで、ベイビーコーン様は「フン」とか気のない返事しかしないんだけど……。
ふたりの絡みが生で見られて、わたしは内心感動していた。
「それでさぁ、そのアクヤちゃんのトマトサラダを、ベイビーちゃんのお店で出せば、バカ売れ間違いなしじゃない?」
ちなみにではあるが、ベイビーコーン様も、ダンディライオンJr.様と同じく、街にレストランを持っている。
それで事の次第がおおよそ飲み込めた。
トマトサラダのレシピを知ったダンディライオンJr.様は、仲良しのコックであるベイビーコーン様に話を持ちかけたんだ。
ベイビーコーン様のレストランでトマトサラダを出してもらって、その食材であるトマトをダンディライオンJr.様の八百屋から仕入れてもらえれば……。
ふたりは、Win・Win……!
この手の共闘は、プレイヤーキャラである令嬢どうしの間でもよく行なわれる。
たとえば戦闘が得意な令嬢が、冒険で見つけた戦利品を、仲間の令嬢が経営している店だけに卸す。
そのかわり、その店では安く買い物ができる……といった具合に。
ヒロインどうしはライバルでもあるんだけど、競合しない相手とは協力したほうが、よりゲームを有利に進めることができるんだ。
そして、ダンディライオンJr.様とベイビーコーン様の間では、トマトサラダを巡る取引が完了。
するとダンディライオン様は、今度はわたしに向かって祈るように手を合わせた。
「それでさぁ、アクヤちゃんにはふたつばかりお願いがあるんだけど……」
「なんですの?」
「ひとつは、このトマトサラダのレシピをベイビーちゃんの店で出すのをオッケーしてほしいってこと。そしてもうひとつは、トマトサラダのレシピは、しばらくのあいだ秘密にしてほしいってこと」
どうやら、トマトサラダを独占供給して、ひと儲け企んでいるらしい。
『神族』が経営する店で大きな利益を上げると、それが功績となり、昇格への足がかりとなる。
わたしのレシピが彼らふたりの役に立つのであれば、正直嬉しい。
それに、落ちぶれたアクヤを相手にしてくれる令息など、めったにいない。
令息たちとの縁が取り戻せるキッカケのひとつになりそうだったので、わたしは快諾する。
「ええ、かまいませんわ。どうぞお好きになさってください。レシピのほうも、わたしからは他言いたしませんわ」
するとダンディライオンJr.様は、わたしの両手をギュッと握りしめてくれた。
思わず「わぁ」と声が出そうになってしまう。
「サンキュー、アクヤちゃん! 僕もベイビーちゃんも、この恩は忘れないから! 近いうちにお返しさせてもらうから、期待してて!」
「ええ、楽しみにしておりますわ」
わたしは令嬢らしい冷静さを取り繕って、なんとか返事をした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
彼らとはそれで別れた。
『お返し』といっても、わたしはこれっぽっちも期待してなかったんだけど……。
思わず度肝を抜かれてしまうほどの出来事が、次の日に起こった。
なんと『評定会議』において、とんでもない『神事』が発令されたんだ……!
えっと、順を追って説明すると、『評定会議』というのは、お城で定期的に行なわれる会議のこと。
参加できるのは権天級以上で、そこでは神族たちの昇格や降格について話し合われるんだ。
それで決定したものは『神事』と呼ばれる。
会社の『人事』みたいなものだといえばわかりやすいだろうか。
それでその『神事』は、お城のところどころにある大きな水晶板に、魔法技術をつかって表示される。
ようは、巨大なモニターみたいなのに表示される、人事発令のようなイメージなんだけど……。
さっきも言ったとおり、そこでとんでもない発表がなされた。
なんと……!
わたしが小天級から、大天級に昇格……!
さらにエリーチェが、小天級から降格して、堕天……!
--------------------神族の階級(♀:令嬢 ♂:令息)
●御神級
●準神級
●熾天級
●智天級
●座天級
●主天級
●力天級
●能天級
●権天級
♂ダンディライオンJr.
♂ベイビーコーン
♂フルスウィング
●大天級
↑昇格:♀アクヤ・クレイ
●小天級
○堕天
↓降格:♀エリーチェ・ペコー
--------------------
これは噂で聞いたんだけど、フルスウィング様と、ダンディライオンJr.様と、ベイビーコーン様がわたしを強烈アゲしてくれたらしい。
そして、わたしとモメたエリーチェは、3人の令息からの強烈サゲにあったそうだ。
これが彼らの言っていた『お返し』だったというわけだ……!
エリーチェは、それからどうなったかというと……。
お城から追い出されて行き場をなくした彼女は、城下町のレストランで、ウエイトレスとして働きはじめた。
そして再登用を狙って、レストランのオーナーである神族に媚び媚びしていたらしい。
でも、全く相手にされなかった。
そりゃそうだ。
そのレストランのオーナーである神族は、ベイビーコーン様……!
彼女は知らなかったんだ。
ベイビーコーン様が、自分を堕天させた張本人だって。
しかし彼女はそんなことも知らずに、猫なで声でベイビーコーン様に迫り続けていた。
それでもやっぱり、全く相手にされず……!
そしていよいよストレスが溜まったのか、レストランでも例のヤツをやってしまったらしい。
「ああっ!? エリーチェ、またドジっちゃったぁ~!」
同僚のウエイトレスに料理をぶちまけ、濡れ衣を着せていたそうなんだけど……。
わたしから話を聞いていたベイビーコーン様には、ウソ泣きは通用しなかった。
今ではウエイトレスから外され、レストランのゴミ処理という、夢とは程遠い仕事をやらされているらしい。
噂では、彼女はゴミに埋もれながら、こんなことを叫んでいたそうだ。
「なんで……? ねぇ、なんで? ここにいるの本当は、エリーチェじゃなくて、アクヤのはずなのに……? ねぇなんで? なんでなんでなんでっ!? なんでなんでなんでなんでなんでっ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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