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01 悪役令嬢の最期

 気がつくと、薄暗い洞窟の中に倒れていた。

 わたしが身体を横たえていたのは、床に描かれた大きな魔法陣。


 まわりには、魔法陣を囲むようにいくつもの水晶玉が置かれていて、ぼうっと光っている。


 あたりを見回しても、洞窟の壁ばかり。

 壁は歪な形で、悲鳴をあげている人が埋め込まれているみたいな形をしている。


 わたしはぼんやりとした頭のまま、ひとりつぶやく。



「どこ、ここ……?」



 と言いつつも、なんだかこの場所には見覚えがあった。

 というか、強烈に印象に残っている。



「大丈夫ですか?」



 いきなり後ろから声をかけられて、わたしは飛び上がりそうになった。

 振り向くと、そこには……。


 小学校中学年くらいの、執事服姿の男の子が立っていた。


 黒髪に褐色の肌、金色に縁取られた黒飴のような瞳。

 横に飛び出した三角の耳。


 まるでやんちゃな黒猫の仔みたいな、この子は……。



「シーツ・(ジー)……!?」



 わたしがいきなりフルネームを呼んだので、彼はビックリしたみたいだった。



「そ……そうですよ? いったいどうされたんですか、アクヤ・クレイ嬢様?」



 彼がフルネームを呼び返してくるのは普通のことだ。

 だってこの世界では、身分の低い者が令嬢を呼ぶときは、フルネームで……。



「って、えええええええーーーーーーーーーっ!?!?」



 わたしの驚愕が、洞窟内にわんわんと鳴り渡る。


 アクヤ・クレイ……!?


 それって、わたしがハマってる『ミリプリ』の、初代悪役じゃないの!


 『ミリプリ』……正式名称は『ミリオンプリンセス』。

 オンラインで世界中のプレイヤーと一緒に遊べる、珍しいタイプの乙女ゲーだ。


 たしかわたしは家に帰って、ベッドに寝そべってスマホで『ミリプリ』を遊んでたのに……!

 なんで、どうして!?


 ふと視線を落とすと、足元に愛用のスマホが落ちていた。

 拾いあげて覗き込んでみると、真っ黒な画面に、わたしの顔が映り込んでいる。


 そこには確かに、縦ロールのロングヘアに金髪、ワインレッドのリボンにドレス、美人だけどキツめな顔の少女……。


 アクヤ・クレイが……!


 わたしは唖然とするあまり、左目に嵌まっていた片眼鏡をポロリと落としてしまった。

 この片眼鏡は、アクヤのチャームポイントのひとつなんだ。


 わたしは慌てて拾いあげて、再び左目に嵌める。

 すると、わたしの左目の視界は突然、ワイヤーフレームのような無数の線で覆われた。


 それは一瞬で消えたんだけど、そのあとに、わたしを不安そうな目で見ているシーツの頭の上に……。


 『シーツ・G』


 ゲームと全く同じ、ネームタグが……!

 それだけじゃない。わたしの視界には『ミリプリ』そのままのインターフェースが表示されている。


 ……もしかして、この片眼鏡……スマートグラス?


 『ミリプリ』は眼鏡型のデバイスである、スマートグラスにも対応している。

 拡張現実(AR)で現実の風景をバックに、ゲームがプレイできるんだ。


 最近はコンタクトレンズタイプのもあるんだけど、わたしはもっぱら眼鏡タイプで……。

 って、そんなことはどうでもいいっ!


 だって、スマートグラスを通して()たわたしの胸に、とんでもないモノが突き刺さっていたんだ。

 それは……。



 ドクロマークはためく、漆黒の旗っ……!



「こ……これはもしかして、『破滅フラグ』っ……!?」



 ということはこのままじゃ、死っ……!?


 わたしがひとりでワタワタしているものだから、シーツもオロオロしていた。



「アクヤ・クレイ嬢様!? もしかして、世界の破滅を前に、緊張されているのですか!? でも大丈夫です! この俺がついています! 早くその『破滅の石板』を邪神に捧げましょう!」



 『破滅の石板』……。

 アクヤがいつも持っていた、黒くて小さい石板のことだ。


 シーツはわたしのスマホを見ながらそう言ったので、たぶんこれが『破滅の石板』なんだろう。


 アクヤは『ミリプリ』のファーストシーズンに登場する悪役令嬢で、プレイヤー全員に嫌がらせをする、いわばラスボス的な存在。

 プレイヤーたちはそれをはね除け、力をあわせて彼女を失墜させるんだ。


 アクヤはゲームのメインシナリオが進むごとにどんどん落ちぶれていき、ついには全プレイヤーの累計で、100万回ほど殺された。

 それを記念して、ゲームでは大規模イベントが開催される。


 その名も『アクヤ・クレイ嬢の最期』……!


 アクヤは自分の隠れ家であるこの、『ひとりぼっちの洞窟』の最深部にこもり、『破滅の石板』を使って、世界を滅ぼそうとする。

 しかしそれは、多くのプレイヤーの分身である令嬢(ヒロイン)と、その恋人である令息(ヒーロー)によって阻止される。


 この洞窟のなかで、100万人ほどいる世界じゅうのプレイヤーに、よってたかってブチ転がされちゃうんだ……!


 100万1回目の死亡を果たしたアクヤは、新しい悪役令嬢にラスボスの座を明け渡して、ゲームの表舞台から退場。

 今の、セカンドシーズンになった『ミリプリ』では、彼女はチュートリアルで殺される、完全なかませに落ちぶれている。


 も……もしかして、わたしは今……。

 その最期の瞬間を迎えようとしている、アクヤになっちゃったってこと!?


 いや、いくらなんでもまさかそんなことは……。

 なんて思い直そうとしたけど、水晶玉を見ていたシーツが、



「あっ! ご覧ください、アクヤ・クレイ嬢様っ! 憎き令嬢どもが、令息とともにこちらに向かってきています!」



 水晶玉には、洞窟の中にいるとは思えないほど着飾った、お姫様のような女の子たちが映っている。

 その女の子たちの隣には、イケメン揃いの王子様が、もれなく寄り添っている。


 間違いない。

 彼女らはプレイヤーキャラである令嬢で、隣にいるのは恋人である、令息……!


 どのペアも、恋人たちのように腕を組んで……。

 洞窟の中を、イチャイチャと進んでいるっ……!


 しかもそんなリア充カップルは、ひと組やふた組みどころではない。

 軍隊アリさながらに、ウジャウジャと……!


 ゲームでは、わたしもあの中の一員だった。

 その時は、世界中のみんなとハイキングに来たみたいで、とっても楽しかったけど……。


 いまのわたしにとっては、死神の列っ……!


 こ、このままじゃ……!

 このままじゃ、ブチ転がされる……!


 ハイキング感覚でっ……!


 わたしは一も二もなくシーツの手を取り、立ち上がる。

 シーツはいきなりジャラシを向けられた子猫みたいに、目をまんまるにして驚いていた。



「アクヤ・クレイ嬢様っ!?」



「儀式は中止っ! 逃げようっ!」



 するとシーツは、もうこれ以上開かないっていうくらいに目を見開く。



「ど、どうされたのですか? そのお言葉遣い……!? それに、俺の手を握ってくださるだなんて!?」



 そう言われて、わたしはハッとなる。


 アクヤはお嬢様っぽい言葉遣いだったんだ。

 それに、シーツを足蹴にすることはあっても、手を握ったりすることは絶対になかった。


 でもこれ以上、怪しまれると逃げ遅れそうだったので、とりあえず言葉遣いだけでもアクヤになりきることにする。



「う、うるさいですわねっ! それよりも、儀式は中止ですわ! はやくここを出ますわよ!」



「ええっ、なぜです!?」



「執事風情がわたくしに口答えなど、十輪廻(りんね)ほど早いですわっ! さぁ、黙ってわたくしに、ついてきなさいっ!」



 アクヤ風にぴしゃりと言うと、それっきりシーツは黙って従ってくれた。


 正規のルートを通ると、リア充たちに鉢合わせしてしまうので、秘密のルートを通って地上を目指す。

 アクヤを倒したあとは洞窟が崩れるんだけど、そのときにヒロインたちが脱出するためのルートだ。


 今は別に洞窟も崩れていないので、わたしとシーツはすんなりと外に出ることができた。


 外に出ると、そこは山の上で、空には暗雲がたちこめていた。

 なぜこんな不吉な空かというと、アクヤが儀式の準備をしていたから。


 本当は、令嬢と令息がアクヤが倒して脱出した時には、青空が広がっていて……。

 ふたりは、ここでキスをする。


 幸せな恋人たちをバックに、シーズン1のエンドロールが始まるんだ。


 でもわたしはそれを、台無しにしてしまった。

 ラスボスであるわたしが逃げちゃったから。


 わたしは風雲に髪をなびかせながら、稲光の混ざる空を見上げる。

 天は、まるでわたしの行く末を暗示するかのように、混沌に渦巻いていた。


 もしこのゲームに、アクヤ・クレイ嬢が生き残る、別ルートがあったとしたなら……。

 きっと今、わたしのバックには、タイトルロゴが出ていることだろう。


 さしずめ、



『100万回死んだ悪役令嬢、100万1回目のバッドエンドを回避する』



 みたいな……!



 ……ちなみにだけど、洞窟を出た時点で胸に刺さっていた破滅フラグは消えた。

新連載です!

5話めくらいまで読んでいただけると、だいたいどんなお話かわかり、同時にスカッとしていただけると思います!

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