051: 理名・料理配信
料理配信をすることになった。
――それを担当するのは私ではなく、理名だ。
撮影は私、出演は理名。
彼女がフライパンを振るたびに、オリーブオイルの跳ねる音がキッチンスタジオに広がる。
予熱を終えたら配信の準備は整う。
「準備できました」
この配信は理名の発案である。
すぐ後には私の担当する『定点配信』があるが、そこで食べる料理を配信で作って、本配信を前に期待度を高める効果や、総再生時間を上げる目的があるらしい。
場所の話をするなら、ここは『豪華なキッチン風のスタジオ』だが、これも理名が作り出した空間のひとつである。
理名は取り込んでしまった神剣から生み出される『瘴気のような魔力』が身体を満たしており、異空間を作り出し、維持する事で発散している。
それが庭園だったり個室だったり、あるいは今回のようなスタジオだったりする。
カメラの範囲外から、ふたたび視線で「大丈夫?」と理名に問うが、察した理名は頷いてくれた。けれど細い肩は、ほんの少し緊張しているように見えた。
(理名なら大丈夫)
伝わったかは不安だが、微笑み返してくれた。
私はそこで背後の配信ソフトを確認する。
映像、音声、チャット接続――全部、問題なし。
最近、理名の優しさに甘えすぎている気がする。
(何か、理名に報いてあげる方法はないものか)
そう考えながら、配信はスタートしていく。
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配信ランプが灯る。
『ON AIR』の赤い文字が点灯した瞬間、理名は表情を切り替えた。
いつもの控えめな笑顔ではなく、ほんの一ミリだけ背伸びした“配信者”の笑顔。
照明が白い三角巾の縁を淡く照らし、頬を自然に明るく染め上げる。
「皆さん、こんにちは。今日はトマトパスタと、コーヒーゼリーを作ります」
画面越しに届くコメント。
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『リナ/料理配信。11:30~12:30』
◇コメント欄◇
・手料理ほしい
・包丁の持ち方キレイ!
・こんにちは
・こんにちは
・1ゲット
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ベーコンを焼いて、トマトソースを作って、ゆでたパスタと合わせて。
ある程度、料理が進んだところで、理名と目が合った。
すると、贅沢にも思える厚切りベーコンを小さく切り、小皿に盛り合わせたミニパスタをこちらに渡してくる。
「冷様、味見お願いします」
私は頷き、一口食べる。
トマトの酸味と、それに負けないベーコンの肉汁、味付けも最高だった。
「今日も理名の料理は最高だね」
「ありがとうございます」
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『リナ/料理配信。11:30~12:30』
◇コメント欄◇
・羨ましい!
・絶対うまいやつ
・それはずるい
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「みんな、コメントで騒いでも食べられないよ?」
思わず、マイクに入る位置で呟いてしまった。
画面の端から、どや顔で配信に写り込むと、コメント欄はいっそう盛り上がった。
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いつかの庭園での記憶――<回想>
「税金関係のことで相談があるの……」
数週間前、配信でも使っている庭園で、私は理名と向かい合っていた。
気温は一定に保たれ、季節に関わらず過ごしやすい環境である。
しかし今は、額にうっすらと汗が滲む感覚がする。
(どう切り出そうか……)
――魔法少女ではない“自分”のことは、理名に言えない。嫌われたくないから。
この姿は、美少女の外見であるが、中身はそうではない。
変身中は正真正銘『魔法少女』であるのだが、中身は30代のおじさんである事を、告白する勇気が沸いてこない。
だが、収益が急激に伸び、税務関係のことを理名へ相談した。
理名いわく「実務の経験は無い」が「事務系の訓練を受けた」と本人から聞いた。
個人事業レベルの金銭管理なら、理名が行ってくれると申し出てくれた事があった。
頼ってばかりだが、理名に相談しようと前から考えていた。
「魔法少女じゃない私の事は、理名にも知られたくないの……でも助けて欲しい」
言葉足らずになってしまった。
だが、そこに込められた情報を理名は余さず読み取ってくれた。
理名は今のこの姿が、魔法少女の肉体であることを理解している。
理名の肉体は、冷の魔法少女の肉体を基準に作られている。
魂が違うから顔つきこそ別人だと分かるが、わざと似せれば双子のように見分けはつかないから。
理名はほんの一瞬だけ視線を伏せ――寂しそうに微笑んだ。
「大丈夫です。全部、任せてください」
寂しさと覚悟を混ぜた声だった。
その後の彼女は、とても行動が速かった。
――数週間後。
出所を聞くのは怖いが、理名は自分の戸籍を「作ってきた」と言い、口座開設から全て、諸々を済ませてきたらしい。
電子定款を作成し、公証役場で認証を受けてから資本金を払い込み、法務局にオンライン登記。
登記完了後に法人口座を開き、クラウド会計を接続し――。
……細かい説明を受けても、ちょっと難しかったので、半分も記憶に残っていない。
「これ、法人カードです。機材も衣装も、今後の必要経費はぜんぶここから払ってください」
反射的にカードを受け取ってしまったが、わずかに自分の手が震えるのが分かる。
つまり理名は、一か月くらいで理名の会社を作ってきたらしい。
初期にかかるお金は全て、理名の言い値を現金で渡したが、仕事がめちゃくちゃ早かった。
「理名、本当にこの振り分けでいいの?」
最初、私は利益をほぼ全額、彼女に渡そうとした。
もちろん初期費用だったり最低限の納税分だけは必要だが、それ以外は理名が受け取るべきだと思った。
理名がいなければ、この規模の配信や活動が、そもそも不可能であると考えたからだ。
しかし理名は首を横に振る。
結局、自分の報酬を低く見積もろうとする理名に対し、どうにか半分を受け取るよう説得した。
「半分で十分です。私は裏方ですから」
結局、半年で1000万円を超える収益が出た。
純利益は半分くらい、税金等で引かれる分を考慮して、その約半分を彼女の報酬にすることにした。
それより多くを渡す方法を提案しても、彼女は笑って受け取らなかった。
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現在――スタジオの静けさを感じて、回想から意識を戻す。
パスタから立ち上るトマトの甘い香りが、食欲を誘ってくる。
私はチャット欄を流し見しながら、胸の内で呟く。
(理名がいなければ、いくら配信を続けても、どこかで詰まった気がする)
デザートの調理に入ったのか、わずかにコーヒーの香りがする。
どこに繋がっているのか分からない換気扇の風切り音や、盛り付けるグラスが触れ合う音など、どれもが妙に心地よい。
ここまでくると、コメント欄も落ち着いてくる。
料理を盛り終えた理名が、私に向かってほんの僅かな照れ笑いを浮かべた。
理由は分からないが、胸が締め付けられる気がした。
(もっと、理名に何かを返せればいいのだけど)
そう考えても、その方法や内容が思いつかない。
「……ありがとう」
視聴者には聞こえない小声で、ありがとうの言葉を呑み込みながら、配信画面のコメント欄に定型文を打ち込む。
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『リナ/料理配信。11:30~12:30』
◇コメント欄◇
・ 本日の料理配信は以上で終了です。ありがとうございました。続きは定点配信で行います by 冷
・絶対、おいしいやつやん
・ずるい
・届けて!
・食べたい
・食べたいです
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「みんなの分まで、私がいただきます。いいでしょ?」
いたずらっぽくカメラに微笑む。
最後は、理名とカメラの前に並んで、配信終了の締めに入る。
料理は三人分。
理名の分と私の分、そしてシルフも精霊なのによく食べる。
「レシピは概要欄に書いてあるので、ぜひお家で作ってみてください! ベーコンは贅沢に、厚めに切ると美味しさアップです」
休みが不定期な仕事なんですが、来週あたり少し間隔が空くかもですが、
9日以内には次話を投稿します。
→ごめんなさい。更に一週間くらい遅れます