049 : 冷の優雅な1日(裏話)
「……撮影開始――えっと……はじめまして!」
冷と似ている、けれど印象の異なる少女がカメラに映る。
片桐理名は、冷のいる部屋の前で撮影準備を始めた。
後ろ髪を揺らしながら、赤目の少女がアップで映り、動画の前語りを述べていく。
「この前の配信で、冷様と曲を歌った理名と申します。今日は、冷様の優雅な一日を紹介したいと思います」
理名はカメラで自分を映しながら、あえて撮影しながらカメラスタンドに取り付ける様子も撮影する。
この演出は素人感を出す為であったが、胸元アップで映っている様子を見て、迷った末に本編へ残す判断をした。
「今後の活動では、私が裏方としてサポートします。実は……まだ冷様に撮影許可を得ていませんが、動画が出ることを祈ってくださいね!」
ここだけの話、部屋といっても、ここは魔法少女になった理名が維持する特殊な空間。
外が見える場所は無く、窓があっても曇り硝子で先が見えないようになっている。
さて、話を戻して。
理名はこの撮影の少し前、冷の元を訪れて紅茶と大きめなクッキーを差し入れており、今が撮影のチャンスに思えた。
きっと、油断している冷の姿が取れるだろうと理名は想いを巡らせた。
ゆっくり扉を開け、その中へカメラを向けた理名。
―――
小さな声で、マイクに入る音量でナレーションを追加していく。
「ここは、冷様の部屋です」
およそ、創作でしか見ない規模の温室となっている。
植物園があり、水路から水音が聞こえてくるので、足音はきっと気づかれない。
胸いっぱいに空気を吸い込めば、花の良い香りに満ちている。
「中央に、庭園があります。冷様はいつも、そこにいるはずです」
理名が気配を消しながら覗く先、憂うように瞳を鋭くした冷の姿が見える。
(今日も、美しいです!)
カメラでズームさせると、冷の方に動きがあった。
さきほど差し入れした、手のひらほどもあるクッキー。
「動きました。目を輝かせてクッキーを見ているようです。……ちなみに、あのお菓子は私が作りました」
「……」
パクリと、無防備にクッキーを食べる冷。
「……!?」
「……!!」
そこで理名は、冷に気づかれた。
目と目が合う。
一秒がとても長く感じられた。
「……」
「……」
もぐもぐと、大きい一口を食べた冷。
「理名、どうしたの? こちらに来て、一緒にお茶でもどう?」
「はい」
カメラを構えたまま、席に近づいていく理名。
あらかじめ、庭園の端に三脚を持ち込んでおり、さりげなくカメラを取り付けて席に座る。
「それは、何かな?」
「……冷様の一日を、動画にしたいのです」
理名は前日、冷から今後の活動に関する企画について、相談されていた。
その中には、動画に関するものも含まれており、昨日の今日で、理名はそれを実行した。
何か行動を起こすなら、早い方が良いだろうと。
「……」
大きな口を開けてクッキーを頬張った冷は、恥ずかしさを誤魔化すよう、一息ついてカップの紅茶を飲みほした。
理名は冷の内心こそ知らないが、事前の相談なしにカメラを向けてしまった事に、緊張が隠しきれなかった。
これはある意味、ドッキリ企画だろうか。
「面白いかは分からないけど、理名に全て任せる」
「はい!」
理名は確信していた、これは良い映像が取れたと。
冷の視聴者も、今日の映像を見る事ができたら、喜ぶはずだ。
しばしティータイムを楽しんだ理名。
自分の部屋に戻ると、さっそく動画の編集作業を開始する。
間延びした部分はカットしつつ、あまり加工することなく冷の一日を動画にする。
その第一弾は、キラキラした笑顔でクッキーを食べる冷の素顔が見られた。
――動画は、視聴者にとても好評だった。




