046 : 三人で配信
夏美と理名が、配信に出てくれることになった。
どうして、そんな展開になったのか。
話を、数日前に戻そう。
――数日前。
いつものように配信を終えると、SNSの通知が目に止まった。
表示されていたのは、「新曲MVのボーカル依頼」の文字。
送り主の名前を見て、私は少し驚いた。
有名なボカロP。しかも、リンクをたどるとアカウントは本物だった。
『冷さん、初めまして。
いつも配信を拝見しております。
あなたの配信を見ていたら、この曲が思い浮かびました。
もし叶うのなら冷さんに歌ってほしいです。
MVのボーカルをして頂けませんか?
この曲は、理想の自分になりたいと願い、それで誰かが救われる歌をと、作りました。
添付ファイルは公開前の楽曲です。
返信を頂けますと幸いです。
Sennen』
活動名「Sennen」というアーティストは、冷でも聞いたことのある名前だった。
添付ファイルを何気なく再生してみると、和風テイストな前奏から、独特の合成音声による不器用な歌声が響いてくる。
それが不快という訳ではなく、世界観はとても好みで素晴らしかった。
「歌ってほしい、か」
この曲を聴いた時、私は夏美と理名を誘って、この曲を歌いたいと思った。
私ひとりだと、伝えきれない想いがある気がした。
(この歌は、二人と一緒に歌いたい)
SNSを開いて『夏美』宛にメッセージを送る。理名には直接、聞きに行く。
まずは練習や録音が必要で、MVが出来上がった後に、配信と同時公開という流れになるだろうか。
メッセージに対して、挨拶と返信はしつつ、二日ほど時間をくださいとメッセージを送った。
翌日。
土曜日であり、夏美は学校が休み、理名も予定が無いので、声を掛けたら集まってもらう事ができた。
事前にSennen氏に、知り合いに聴かせてもいいか確認したうえで、二人に曲の話をすると真剣な表情で聞いてくれた。
「冷様、私で良ければ、お引き受けします」
「私も構いません。けど……何の活動もしたことのない私で、大丈夫ですか?」
まずは二人の意志の確認をした。
夏美は本当に良いのかと心配していたが、二人とも了承の返事をくれた。
理名の歌は聞いたことがなかったが、今からみんなでカラオケに行き、歌唱力の確認をした。
「理名さん、声が冷さんに似てますね」
夏美がそんなことを言っていたが、発声の仕方こそ個人の癖があるだろうが、理名の肉体は魔法少女の私をモデルにしているので、声も似るのかもしれない。
魔法少女の肉体は万能に近く、本人が望んだ声を出すこともできる。実際に歌声を聞いたら、その通りだった。
数時間後、日が暮れる前にカラオケを切り上げ、実際に曲を聴いてもらった。
理名は音源を何度も繰り返し聴いていた。
一方で、夏美は瞳を潤ませながら、口元に手を当てるようにしていた。
「……この歌、聞いた瞬間に胸が苦しくなる気がします……」
「夏美?」
「なんでもないです。この歌、私も歌いたいです。冷さんと、理名さんと、三人で」
その場で私は、メッセージを送った。
『Sennenさん
MVのボーカルの件、お誘いありがとうございます。
とても素晴らしい曲で、お受けしたいと思いましたが、
この曲を一緒に歌いたい人が二人います。
二人ともネット活動も無く、素人ですが、歌唱能力は問題ありません。
もし確認が必要であれば、offvocalの音源をお借りできれば、素人レベルですが仮MIXした音声をお渡しできます。
冷』
何度かのやり取りの後、それで問題ないとなった。
MVの発表は私の配信で行い、夏美は魔法少女姿で、衣装を替えて出演してもらうことになった。
それから1週間くらいで、Sennen氏とのやり取りは終了した。
普通なら、もっと時間がかかりそうなものだが、私の持っている配信用マイクで録った音源を使ってもらえて、すぐに済んだ。
魔法少女の能力を全力で活用し、練習は最小限ですぐ終わった。
――――
ある日の夕方の配信にて、いつもより前に告知をし、配信枠を予約する。
コメント欄を見ると、それなりに人が集まっていた。
毎週、ほとんど決まった曜日での配信をしていたが、今日はそのどれにも当てはまらない日だった。
待機画面でもコメントのやり取りが可能な為、その日の配信は開始前から盛り上がりを見せていた。
・今日、なんかあるのかな?
・発表って書いてあるけど、何の発表かは知らされてないよね。
・これ、前にも楽曲発表の流れで似たようなことがあったかも。
・なるほど確かに
――しばらくして、画面が切り替わる。
そこには私と、左右に並んだ少女の姿。
赤い髪で目を引くのは星宮 夏美。
真ん中は、今回は装飾や髪型で飾り気を抑えめにした私。
その隣では、並ぶと双子のようでありながら、確かな意志を宿した理名がいる。
「みんな、配信を見に来てくれて、ありがとう」
・新しい人がいる
・誰だろう
・美少女すぎるけど、有名人なのかな? 俺は少なくとも知らないよ?
「今日は、二人の友達をゲストに招きました」
コメントの内容は上々。
おおよそ、見た目に関する反応は多いが好意的な印象。
「今までずっとソロ配信で、誰かとコラボも何もしてこなかったから、新鮮だよね」
急に決まったこの配信内容。
段取りとしては、二人を紹介するのは、今日のメインである曲歌ってから。
「まず、今日の本題――みんな『Sennenさん』って知ってる?」
・たしか、ボカロ曲とかを作ってる人だよね?
・左右の美少女が気になりすぎる。右側は姉妹とかかな
・それより他の二人について紹介しないの?
「私たちが歌った後『Sennenさん』の新曲発表があるんだけど、発表前に私たちが配信で披露することになったの。過去にも似たことをやったけど、配信で新曲発表かな」
・おおお
・ちょっと、他の人の紹介忘れてない?
・まじか
「では、さっそく――Sennenさんで『理想への架け橋』」
始まりは独奏から。
メロディが流れ、前奏が終わり、数秒の無音が心に響く。
私は鋭く、息を吸い込んだ。
―― Lyric ――
【冷】
心に願ったこの姿
皆に見せたい理想の姿
音で誰かが揺れる時
生まれ直しても、意味があると思えた
【理名】
使命で動いたこの身体
気づけば、誰かの名前、呼んでいた
力は、神が与えた才能ではなく
選び、使う意志こそ、尊い
【夏美】
霧の中、瞳を閉じても
皆に聞こえる、貴女の声が
私は知らなかった
皆を救う輝きが、道を照らしたその真実を
【冷・理名・夏美】
どんな苦境が目前でも
理想の姿はここにある
みんなが望んだ歩みの道を
この姿で響かせたい
「誰かの心に届く想い、貴女の胸に贈る言葉を」
○○○○○(5文字の空白)
―― Lyric ――
最後の言葉はささやきで、三人が違う言葉を呟いた。
私が歌詞を見た時、この曲の一番を三人で歌いたかった。
楽しい時間は終わった。
たった五分の為に、用意された配信というのはとても贅沢だ。
目に見える形で人はいなくとも、配信のコメントは盛り上がりを感じられる。
ミュージシャンのライブで新曲披露とかは聞くけど、配信者の中ではあまり聞かない。
今回は、あくまで配信用に提供された楽曲ではあるが、余韻を感じるには十分だろう。
そもそも、配信活動では歌ってみたが主流であり、自身でシンガー活動をする人は少数しか知らない。
「Sennenさんのアカウントから、曲の発表があると思います。そちらの動画でも私達が歌っているので、是非聞いてください」
あとは二人を簡単に紹介する。
「みんなが気になってる二人を紹介するね。名前はナツミとリナ。二人ともネット活動はしてないから、これが初露出。今後、この配信に登場してもらう機会はあると思うから、期待しててね」
それだけ伝えて、配信は終了する。
「みんな、配信に来てくれてありがとう! 少し短いけど、今日はここまで」
この時間はとても贅沢に思える。
準備をたくさんして、一曲だけで終わり。
これから、夏美と理名と三人でご飯を食べる約束をしている。
「それでは次の配信で」
遅くなるまでに、夏美を家に帰さないといけないから。
――翌日、配信はSNSでトレンド入りしていた。たった5分の配信が、みんなの記憶に残った気がして、少し嬉しかった。
--
2年で文体が変わった。
記憶の劣化で内容も変化した。
AIに校正させると、私が書いた10行が3行になっちゃう。
人間的な情緒が消えちゃって難しい。
画像はChatGPTで制作したものです。




