036 : いつもと違う配信
お待たせしました。
今回の話は、9月の時点で書き終わっていましたが、納得できず、何パターンか書き直したり、改稿してました。
時間が来るのを待ちながら、私は呼吸を整える。ライブ配信が始まるまで、残り一分三十秒くらいになる。じわりとした緊張を感じながら、何度繰り返しても、配信前の高揚感や緊張感は、無くなりそうにない。楽しみにしつつも、視聴者の反応をイメージしては、面白い配信に出来るか不安になる感情が抑えられない。
今回は、いつもと違う『配信サイト』でライブ配信をする。
一応、活動するサイトが変わると、視聴者の年齢層や男女比、好みの傾向なども変化すると聞いた事があるが、何日も前からSNSで告知を行っていたので、今日、見に来てくれる大半は、普段から私の配信に来てくれるファンだと思う。
私は、いつもより気合を入れて準備をした。何度もリハーサルしてみたり、普段とは違う配信ツールの機能を取り入れたりもした。
鏡で身嗜みを確認するように、少し遠くにあるディスプレイで、配信プレビューに映る自分の位置を確認する。
ふと、配信画面を確認すると、まだ開始前だと言うのに、待機中のコメントが大量に流れていた。
「私は冷」
配信が始まると、待機状態から、配信ツールが出力する映像に変わる。
そこには、私が魔法で作った空間が映し出されるが、無人のステージだけが表示されていた。
「みんなの願いが、私の声になる――」
名乗りつつ、思わせぶりな台詞を呟いてみる。
それと同時に、映像に乱れが生じ、半回転するようステップを踏みながら、私の姿が配信に映し出される。
若干のタイムラグがあり、まるで声援のように、コメントの勢いは増していく。
私の衣装は、黒のドレスに、赤のラインが入ったもの。
シンプルだが、色合いはスカートの裾に近づくほど灰色に変化していき、上半身は『ホルターネック』と呼ばれる構造で、首から下げるように着用するドレスとなっている。胸元はフリルの装飾で隠れているが、肩の部分は露出していて、背中に至っては、大部分が見えている。
ドレスは上下一体となっているが、スカートも前後で長さが違い、前は膝上くらいと丈が短く、白く透き通った肌に視線が吸い込まれそうになるが、後ろは靴まで届きそうなほど長くなっている。
ゆっくりとその場で一回転して、私がどんな衣装を着ているかを視聴者にも伝える。
(ちょっと、恥ずかしいかも……)
私にしては、挑戦的な衣装だと思う。
動機はいつも通り、通販サイトで衣装を探していたら、思わず『着てみたい』と感じて、購入してしまったのだ。とても高価だったが、結果的には、これから歌う曲のイメージにはぴったりで、後悔はしていない。
コメントを見ると、反応は悪くなさそうだった。
――数秒遅れて、曲が始まる。
独特なギターの演奏が、不安を煽るような音色に聞こえる。それも十秒ほどで雰囲気が変化し、子供が無邪気に遊んでいるような、陽気な曲調へと変化していく。
最初の一曲目は『灰色の薔薇姫』という乙女ゲームの、主題歌に使われた曲だった。乙女ゲームとは、女性が主人公となり、男性キャラクターと親密になっていく、恋愛ゲームのこと。
「――
あなたの心が壊れる前に、
真夜中を知らせる鐘が鳴る。
逃げる少女に王子様が迫り、
魔法の靴を砕いてしまった。
それが悲劇の始まりで、
魔女の怒りが灰色のお姫様を狂わせた。
――」
私は静かに、ステップを踏む。気持ちを込めて、読み上げるように歌う。
呼びかけるみたいに、優しく手を広げ、カメラに向かって微笑みかける。
胸の前で手を握り、悲しみを分かち合うように、叫び声を上げる。
普段より、動きが静かになった分、抑揚をつけたり、声の大きさで感情を表現してみる。
(悪くないかも)
配信に映る自分の姿は、綺麗だった。
受ける印象も、普段のような『可愛さ』ではなく『美しい』と感じる。
着ている衣装や、歌の雰囲気による所は大きいかもしれないが、それを含めて、演出の大切さを実感する。五分の曲は、あっという間に終わってしまう。
余韻を残し、瞳を閉じていたが、視聴者に向き合うように、言葉を紡ぐ。
「いつも、私を応援してくれる皆も、初見の人も、コメントありがとう! まだまだ続くよ!」
最初の一曲が終わり、その場で優雅に一礼する。
ふと見ると、配信画面にはテロップが流れており『歌ってみたカテゴリー、現在一位』と書いてある。この配信サイトでは『視聴者の人数』が表示されないので、コメントくらいしか盛り上がりを測る基準がないが、それでも、目で追える量を超えているので、分かった所で誤差の範囲だと思えた。
(やっぱり、楽しいな……)
自分の事を、応援してくれる視聴者の存在が、嬉しかった。不特定多数の人に、この姿を見てもらえる事が、嬉しかった。
魔法少女になるまで、そのような感情を持った事は、思い出せる限りでは無かったと思う。
「次の曲へ行くまえに、少しお話ししましょうか」
私が今回、いつもと違う配信サイトを選んだのは、カラオケ音源をライブ配信で使う事が出来る、数少ないサービスの一つだったこと。有料会員限定であるが、運営が著作権管理団体やカラオケ機器メーカーと契約しているので、公式が指定する方法であれば、カラオケ音源の使用が許可されたサイト。また、それを使った『歌ってみた配信』が、盛んなサイトでもある。
最初、動画サイトを主軸とした『配信サービス』しか知らなかったが、ファンとの交流の一環としてSNSで質問してみると、今回のサイトを紹介された。
利用者は百万人規模を超えていたが、普段から『ライブ配信』を楽しむ層でなければ、知らない程度の配信サイト。若者向けで、中高生の利用者が多いのも、特徴のひとつだった。
「今回の配信は、気付いている人もいると思いますが……カラオケ配信です」
私はさりげなく、カメラに近づく。
映像に映らない範囲で、パソコンを操作する。カメラの真下には私が見えるよう、ディスプレイが配置されている。
「SNSで『歌って欲しい曲』を募集したと思いますが、その中から上位の曲を歌います」
普段から配信に来ている人は、今いる『場所』の違いを指摘するコメントも見て取れた。
「この場所ですが、とあるスタジオを借りています。といっても、個人で借りたので、配信機材とかも一人で準備しましたが……大変でした」
全ては説明できないので、多少の嘘が含まれるが、話せる範囲で視聴者に語り掛ける。さりげなく画面外に移動し『緑色の布』を拾う。
「最近は『早着替え』の練習をしています。今から、やってみます!」
そういって、私は『緑色の布』を被る。すると、配信からはその部分が透明になり、見えなくなる。
仕掛けは簡単で、配信ツールの機能には、映像から『特定の色』を透明にする機能がある。事前に『同じ画角で撮影した静止画』を背景に設定すれば、同じ場所が映っているように見える。
さすがに、多少の違和感はあるが、長時間やる訳じゃないので、気にならない程度の違和感ではあった。
それは別として、私が言葉にした『早着替え』については、厳密には文字通りの意味ではない。以前から考えていた事で、試行錯誤の末に、魔法により『着替える』ことが可能になったのだ。
配信画面で、確実に自分の姿が見えていない事を確認し、魔法で着替えの準備をする。
(今着てる服を収納して、体の位置で衣装を実体化させる……)
両手を広げ、意識を集中させると、身体が淡い光に包まれる。もし誰かが見ていたら、アニメの変身ヒロインのように見えると思う。
そもそも、魔法少女に変身した直後に衣装を着ていたり、意識してないだけで既に、同じ事を実践しているのに気が付いた。だから意識して、何度か変身を繰り返すと、衣服だけを肉体から切り離した状態で変身できるようになった。
今では、戦闘衣装だけを脱いで変身が可能になり、個人的に手間が減って、楽になった。
ただし、量子空間に収納してある衣装を、変身後に身体の座標に実体化させるには、収納する直前に自ら着用しておく必要があった。そして、可能な限り、同じ体勢をする必要もあったので、アニメの変身ヒロインを参考にしてみたら、実践できてしまい、今に至る。
「お待たせしました。次は――」
次の衣装は、和服ベースのゴスロリ衣装。
普段の配信で着ているような衣装だが、今回の配信に合わせて、また新しく購入してしまった。最近、自分でも金銭感覚が狂っている自覚があるので、手遅れになる前に、自重しようと思ってはいる。
画面から消えてから、二十秒程度。普通に考えれば、こんな短時間で着替える事が難しい衣装だが、その部分は説明しない。その為の伏線として、私は『早着替えを練習してる』と発言したのだから。
――その後、十曲ほど歌ってから、配信を終わる。
盛り上がりも、悪くはなかった。
余談だが、夏美から『最高でした!』とメッセージが来たので、簡単に『ありがとう』と返事をしておいた。
続いて『もし興味があれば、今度、魔法少女の姿で出演してみる?』とメッセージを送ったら、いつもは数分で返信があるのに、今回は二時間くらい返信がなかった。
その後、一言だけ『興味があるので、少し考えてもいいですか?』と送られてきた。
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お知らせなのですが、本編に上げるか迷った短編エピソード(没エピソード含む)を、別の小説として投稿しました。
もし、興味があれば、読んで下さい。
タイトル:理想の『声』を、手に入れた。―没エピソード&アナザーエピソード集―
内容は『神産みの剣』です。