034 : 『聖域』の応用
魔法の説明パートです。
興味が無かったら、読み飛ばしても、大丈夫です。多分。
私はシルフを抱えながら、部屋の中で魔法の練習している。なんとなく、衣装の収納スペースや、広い空間が欲しいと言ったが、シルフが魔法で解決する方法を教えてくれている最中である。
「冷は、最もシンプルで強力な魔法は、なんだと思う?」
「変身すること、とか?」
「答えは『聖域』の魔法だよ」
説明口調になったシルフは、いつもより饒舌になる。
「若干の例外はあるみたいだけど、ほぼ全ての魔法少女は『聖域』を使える。効果は、望む因果を引き寄せる空間を作り出す事だけど、冷の場合は、今までの魔法少女に比べて、高度に使いこなしてはいる。けど、まだ活用の余地がある」
「活用の余地?」
「人間はどうしても、空間を三次元的にしか理解できないけど、僕みたいな精霊や、他にも神と呼ばれるような存在は、もっと多くの『次元』を感じる事ができる」
(次元?)
思わず、シルフを見たまま、首を傾げてしまう。
「うーん……なんて表現すればいいのか。例えば、この世界には『虚数』という数学の概念があるみたいだけど、空間にも観測できないだけで、縦・横・高さの他に、相対的にずれた……虚数座標とでも呼べば良いものが存在している。あくまで、僕が分かる範囲なだけで、もっと高次元が存在する可能性もあるんだけど」
「……なる、ほど?」
SF映画に出てきそうな設定なので、イメージとしては、なんとなく分かった。具体的に想像できそうにないが、そもそも、人間には見えず、感知できない概念らしいので、私の理解力のせいではないと考えたい。
「魔法少女の体や、衣装、そして杖もそうだけど、精霊が人間へ力を授ける時、その人の存在する肉体から相対的にずれた座標に、本人が望む姿や、魔法の力を生成する。ただし、精神が存在する座標だけは、全ての虚数座標と相互に結びついていて、心の同一性を保てるようになっている――」
「……」
説明に夢中になったシルフは、魔法少女の原理について、早口で話しているが、私の理解は既に、追いついていない。要約すると、人間の知覚では分からない空間に、物体を存在させることができるらしい。
「それと、聖域に何の関係があるの?」
「聖域は、魔法少女が空間を支配する魔法で、自らが有利になるよう因果をねじ曲げる。認識さえできれば、冷なら虚数空間も自らの支配下に置けると思う。そこで、収納したいものを、支配した虚数空間に入れる事が出来れば、物理的には劣化する事なく、質量も存在しなくなる。論理的には、相対座標を無限にずらせば、上限なく収納できる」
「言いたい事は、分かった気がするけど……」
シルフが言った『認識さえできれば』というのが、一番の難点だが、克服さえできれば便利になることは間違いないだろう。しかし、魔法少女の体だとしても、そんな空間がある事を、認識することが出来ない。
それに、魔法が解けてしまったら、どうするのか。
「魔法は途中で解けないの?」
「それは心配ないよ。自らの意志で解除しない限り、虚数空間での魔法は永遠に続く。例えば、冷が変身している間、本物の肉体は精神とリンクを保ったまま、虚数空間に存在する。原理としては、それと同じと言える」
つまり、今こうしている間にも、私の肉体は虚数空間にあるらしい。
「デメリットとしては、虚数空間に存在するものの数と大きさの分だけ、通常の聖域を使う時と同じだけの魔力を消費することになる。冷の場合は、力の総量が普通の魔法少女とは比べ物にならないから、どんなに収納しても、自然回復する魔力の方が圧倒的に多くなるから、気にしなくて良いけど」
「……そんな空間、感じられないよ」
「大丈夫。というより、人間の精神で虚数空間を直視したら、元の座標を認識できなくなって、戻れなくなる可能性がある。だから、僕がその部分を手伝うよ――」
方法としては、魔法少女と精霊の精神的な繋がりを利用して、私が分かるように、イメージを共有するらしい。私にとって危険な部分は、シルフがフィルターの役割をしてくれるという。
「シルフに危険は無いの……?」
「精霊は元から、虚数空間にも存在できるから、平気だよ」
「分かった」
「じゃあ、始めるよ。目を閉じて、体の力を抜いて」
シルフに言われたように、体の力を抜く。目を閉じて、深呼吸をする。そして、感覚を共有する。
過去に、転移する場所のイメージを共有した時のように、あるいは、シルフが何を考えているのか、理解できる時と同じように。
「ぐっ……」
だが、思うようにいかない。息ができない。苦しい。頭が割れるように痛い。まるで『視界』を共有するような感覚なのに、心から何かが抜け落ちるような、冷たい液体が心から漏れ出しているような苦しさを感じる。次に感じたのは、光ではない明るい何かを、暗闇でいきなり浴びせられたように、とにかく眩しかった。
だが、何かが見える。あれは……。
「冷、待って! それ以上は駄目!」
「うっ……」
感覚の共有が切れる。
私が見たのは、私のいる場所と重なるように存在する、魔法少女としてのもう一つの身体。白い髪の少女が、一糸まとわぬ姿で、眠ったように目を閉じている光景。朦朧とした意識の中で、はっきりと認識できたのは、それだけだった。
そこで、一瞬だけ意識が途絶えた。
「冷、しっかりして。大丈夫? 聞こえる?」
「きこ、える」
「良かった……。ごめん。本当にごめん……」
「……大丈夫」
時計を見ると、気を失っていたのは、数分程度だった。
シルフが取り乱していて、私の方が冷静なのが、少し面白かった。落ち着かせるように撫でながら、一分もすると、さっきまで感じていた苦しさが、徐々に晴れてくる。
「感覚の共有が強すぎて、僕が加減を間違えたんだ……。ごめん……。一歩間違えたら、精神が崩壊してたかもしれない……」
「もう一回、やろう」
「駄目、今は無茶だよ……。それに、危険すぎるから方法を変えよう」
「大丈夫。強がりじゃなくて。もう一回やれば、多分だけど何とかなる」
「……」
意識すれば、普通の空間と『ずれた』位置に、何かを感じる。確かに、一度でも『視る事』が出来なければ、この『感覚』は理解できないし、先天的にこの空間を感じる器官が無ければ、存在すら気付くことはできないだろう。
「お願い」
「……」
「ねえ、聞いてるの?」
「……」
元気が出てきたので、真剣な表情で首を縦にふらないシルフに、お腹を撫でたり頬を撫でたりして、お願いする。
「……もう一回だけだよ。危ないと思ったら、すぐ止めるからね」
「うん」
目を閉じて、シルフと額を合わせるように、温もりを感じる距離で感覚を共有する。一応、ずれた空間の存在を感じたが、まだはっきりと分かる訳じゃないので、もう一回、シルフの『視界』を借りる。
「見えた」
また、魔法少女の身体が見える。その先には、いくつか何もない、言葉にする事が難しいが、位相とでも表現するような、空間のゆがみの中の一場面が見える。その一つに、私の元の身体も存在していた。
共有した感覚の中で、今度は私の『視界』を開いてみる。普通であれば、人間にはそれを感知できる器官は存在しないが、魔力で私がイメージできるように、フィルターを作ってみる。
白い兎が、心配そうにこちらを見ている。
「僕が言うのもおかしいけど、冷って本当に、人間?」
「当たり前でしょ」
感覚の共有を切ると、精神的な負担が大きいのか、体が鉛のように重い。布団が恋しいが、今は体を動かすのすら辛く、椅子から少し離れた位置にある座布団を取り、それを枕に床へ寝そべる。
「今回は、本当にごめん……冷を危ない目に遭わせちゃった」
「大丈夫だって」
「あんなに強く精神が共鳴するとは思わなくて、下手したら、二度と目を覚まさない可能性もあった……」
「安心して。例えそんな事態になっても、恨んだりしないから」
「違う! そうじゃないよ……」
シルフは前足で、私の頬をペシペシと叩く。とても怒っているらしい。心配した相手に、死んでも良いと言われたのだ。大抵の人間だって、怒るか泣いて抗議するに違いない。
「もう大丈夫だから。ちょっと、試してみる」
クローゼットの中と、そこからはみ出して廊下の一部を占拠している衣装の山を見る。
その中から一着を手に取り、私はまず、どの空間に収納するかを、ついさっき手に入れた『視界』で探す。
(魔法:心眼)
私の周囲、焦点をぼかすように、見える世界が広がっていく。安易かもしれないが、魔法の名前は、漫画やアニメに出てくる技の名前を使わせてもらう。
(もしかしたら、衣装を着た状態で収納したら、早着替えとか出来ちゃう?)
楽しい想像をしながら、まだ扱い慣れない力で、無茶をするのは自制する。
(聖域:起動)
見えてはいるが、物理的に存在しない空間へ、聖域を展開する。
「まずは成功」
あとは、これをどうやって、収納に利用するかが分からない。最悪の場合は、失っても良い衣装を手に取っているので、失敗しても損失は少ない。
そうは言っても、見えてはいるが、まずその場所へたどり着く事が出来ない。まるで、テレビの画面越しに物体を見ているような、手を入れようとしても、透明な壁に邪魔される。聖域を展開できるからと言って、都合良く物体を入れたり出来る訳でもなかった。つまり『在る事は分かっても、触れない』のだ。
「シルフ、どうすれば良いと思う?」
「もう一つ、こっちの空間に聖域を展開する。その中に服を入れて、二か所の聖域を一か所に纏める」
「分かった」
初めて知った概念を、その日の内に実践するのは、脳に対する負担が大きかった。それも、一度は気を失っているくらい、危険もある。その上、体は休息を求めていた。だけど、同時に楽しくもあった。
「まずは、僕が手本を見せるよ」
シルフが、私と感覚を共有してくる。発動中の魔法を、掬い取るように制御を移し替えると、転移とも違う、面と面を張り付けるように、二つの魔法を融合させる。その時のイメージとしては、シールを張るような感覚だった。
今度は、見よう見まねで、私もやってみる。
「出来た」
「……なんで、一回で出来るの?」
二着目の衣装を手に取り、同じように試してみると、簡単にできた。取り出すのも、発動している魔法を解除しようと意識するだけで、元の状態のまま取り出すことに成功した。
(食べ物とか、腐らずに保管できるかな?)
冷蔵庫にプリンが二つ入っていて、そのひとつを手に取り、私の分を実験に使う。もし間違ってシルフの分を失ってしまったら、しばらく落ち込んで、元気がなくなってしまう。この前、間違ってシルフのデザートを食べてしまったら、埋め合わせするまで、静かに怒っていた。食べ物の恨みは、人間でなくても、深く恐ろしいのだと理解した。
(氷とかを使えば良かったのかな?)
「少し、昼寝しようか。ご飯はちょっと我慢してね……」
「いいよ」
私は横になり、目を閉じる。ここ数日は、二十四時間ずっと魔法少女の姿だったので、疲れる事は無かったが、久しぶりに肉体的な疲労を感じる。
深呼吸すると、私は気付かない間に、眠りに落ちていた。
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余談ですが、作中でシルフが『虚数』という言葉で空間を表現しましたが、イメージ的には、量子力学的な『重ね合わせ』という概念の方が、しっくり来る気がします。




